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    第7話 『有紗の帰郷』

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【ここまでのあらすじ】

暗闇でご飯を食べるイベントで偶然知り合った女性誌編集長の鍵崎多美子(50代)、フラワーアーティストの内畠麻貴(40代)、カフェでパティシエをする野添有紗(30代)、旅行代理店勤務の殿村未知(20代)。
世代が違いながらもなぜか通じ合うところを感じた4人は、有紗がパートナーの勝瀬とともに経営する池尻のビストロで女子会をすることになった。
第2話で、有紗と勝瀬の出会いとそうするしかなかった複雑な恋が語られた。


《1》

 暖冬の気配はあったけれど、12月の声を聞くと、朝はずいぶん冷えるようになった。
 窓を開けると、とたんに冷水に顔をつけたような感じがする。

「おおさむ…」

 ゆっくり窓を閉めながら勝瀬洋三は、まだベッドの半分でうずくまるように眠っている有紗の寝顔を少しの間見つめて、煙草に火をつけた。

 斜め45度に煙を吐く。少しずつ頭がくっきりしてくる。

 やがて、吸殻を灰皿に押し付けてシンクの端っこに置くと、おもむろに封筒から送りつけられてきた書類を開いた。

 

 離婚届。勝瀬が印鑑を押して妻に送ったものだ。印鑑は二つになって、戻ってきた。

 短い手紙には、不倫相手との子どもができて、再婚することになったと記されていた。

「結局、でき婚か」

 洋三は肩を丸くしてため息をついた。娘の莉奈のことが気がかりだった。今年6歳。来年は小学1年生だ。可愛い盛りの頃に家を出てきた。
自分にはなついていたというほどではないが、嫌われてもいなかったと思う。あの娘は血を分けた自分の子だ。誰がどう見ても似ているのだから間違いない。

 弟だか妹だかわからないが、新しい父親との子どもができれば、莉奈が寂しい思いをしないだろうか。妻…だった女は、莉奈のことを変わらずかわいがるだろうか。生まれてくる子どもと、分け隔てしたりしないだろうか。

「おはよう。どしたの」

 目を覚ました有紗が起き上がって、目をつぶったまま、言った。有紗は低血圧なのか、少し朝が苦手だ。顔を両手で何度かこすり、しょぼしょぼと目を開けた。

「なんかあったの」

 洋三は話すには今しかないと思った。

「… 返ってきたよ、これ」

 書類をひらひらさせて、有紗の目の前にぱっと広げた。

「え」

 有紗はやっと目が覚めたように、嬉しそうにそれを手にとった。

「成立したのね」

「うん」

「おめでとう… でいいのかな、こういうとき」

「いいんじゃないか」

「おめでとう」

 二人はしばらく抱き合って、軽くキスして離れた。

「あんまり嬉しそうじゃないね」

 有紗は不安げな顔で洋三の顔を覗き込んだ。

「そんなことない、嬉しいよ。これで有紗とちゃんと夫婦になれるんやし。…そやけどおまえ、これ、俺が提出しに行かなあかんということやろ、神戸の役所に。
わざわざ帰って。意地悪いと思わへんか。出しといてくれたらええもんを」

「うん。… いつ帰るの?」

「もうさっさとしよや。日曜は休んで、1泊して月曜に帰ってくるか」

「そやねえ。とりあえず、日曜は忘年会は入ってへんし」

「そうしよう。年末は混むしな」

 二人はどこかもやっとした気持ちを抱えながら、神戸に帰ることを決めた。

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