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    第8話 『麻貴の決断』

《2》

 2月に入ってすぐ、麻貴は翔平とちょっともめていた。きっかけは、翔平がインフルエンザになったことだった。
 なんとなく1週間に1回はどちらかの家に泊まるようになっていたが、その日は18時過ぎに翔平から断りのメールが来た。

「すみません。熱が出て、ひょっとしたらインフルエンザかもしれません。今日は来ないほうがいいです。あしからず」

 翔平はどうしてだか、ずっと「ですます」だ。会話も、メールも。そして、どうして男子というのは、必要なことしか書かないのだろう。
 いつもならそういうもんだと思えるのに、今日の麻貴は心をざわつかせた。
 熱は?食欲は?… 気になって仕方がない。
 おかしな憶測までしたくなった。まさか、誰か他の女性が、とか。
 ひとつ小さく深呼吸して、メールを打つ。

「大丈夫ですか?」

 そう書いて、消してしまった。小さいバッグにスマホと鍵と財布とリップクリームを入れて、気がつけば電車に乗っていた。

 麻貴の住んでいる武蔵小山から、翔平の住んでいる溝の口までは、30分はかからない。東急目黒線で大岡山まで出て、大井町線に乗り換えるだけだ。

 電車を乗り換え、もう一度彼からのメールを見た。

 「来ないほうがいい」という言葉だけ、拡大されているように見えた。麻貴はたまらなく不安になった。何をしているんだろう。望まれていないのに。でも、高熱で動けなくなっている翔平を想像すると、いやいや自分の行動は正しいのだと思い直した。  とりあえず、何か届ければいい。

 溝の口の駅は大きい。ベッドタウンというのにふさわしい町だ。NOCTYという、ダジャレのきいたショッピングモールにつながる高架の上で、2組ばかり、ギターをかきならしてアマチュア・ミュージシャンが演奏していた。寒空の下、立ち止まる人はいない。ハーモニカの音も聞こえる。翔平はこんな路上演奏をしたことがあるのだろうか、と、麻貴は思った。そして気づいた。そんなには知らないのだ、彼のことを。

 何度か、朝まで過ごしただけ。一度だけ、仕事への思いを聞いただけ。
 ひょっとしたら、自分はそんなに大事な存在ではないのかもしれない。

 そんな気持ちを振り切るように、麻貴は翔平とよく行くミスタードーナッツで、彼の好きなフレンチクルーラーを買い、ポカリスエットと缶コーヒーを買って、彼のマンションに向かった。ドーナッツの甘い匂いが、一緒にいるときの穏やかな気持ちを少し思い出させてくれた。

 まっすぐに歩き、角を曲がり、二つ曲がったところにあるマンションへ。エレベーターで3階に上がり、インターホンを押す。

 出ない。もう一度、押す。

 … いない。

 そうわかった瞬間に、麻貴はすーっと後頭部から背中にかけて冷たくなるような気がした。

 インフルって嘘なの。
 しばらく、どうしていいかわからなかった。

 唇をかみ、頭をあげると、あ、と思い当たった。そして、スマホを取り出し、翔平のライブ・スケジュールをチェックした。

 赤坂の小さなライブハウスの名前があった。ヴォーカルとのデュオのようだ。麻貴はひょっとしたら、と思いながらも、そこへ行ってみることにした。

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