落語家としての和服姿の印象が強い三遊亭円楽さんですが、プライベートではゴルフにゲートボールにと実にアクティブ。スポーツには汗がつきものですから、ずっと香りには気をつけているそうです。
「体臭は臭いで、それは匂い、とは違うからね。この間、車内販売の人がすごい臭いだったことがあった。でも臭というのは自分ではわからないんですね。脱臭、という言葉があるくらいだから、臭は脱するものであって。芳香、というのだから、香りは放つもの。
ゴルフに行って温泉に入ったりするでしょう。そうすると、40代の頃から湯上がりにはボディクリームとかローションをつけていましたよ。なるべくいろいろ化学的な添加物が入ってないようなオーガニックなものを、探してね。」
さすがに気をつけていらっしゃるだけあって、私服姿にも爽やかさが漂います。
「アフターシェーブのローション、クリーム、それも習慣にしています。気をつけてやっているか、やっていないかでは違うよね。生きている限り、無臭はあり得ないと思うけど、いわゆる加齢臭とか言われるものも遅らせることはできると思います。シワやたるみも、同い年くらいの人と比べたら少ないほうだと思うよ。」
好きな香りはどこかに和を感じるものだとか。
「先日、ESTEBANの香りをいただいたんですけど、洋の毒々しい強い香りではなくて、どこか日本的なものを残したやさしい香りでしたよ。さすがに長く続く日本香堂と提携しているだけあるなと思いました」。
円楽さんは青山学院大学在学中に5代目圓楽に弟子入り。47年が経ちました。当時を振り返って、円楽さんは言います。
「今は、落語というものに対する取り組み方が大きく変わったと感じます。私たちが始めた当時は頭の上に蓋をして重石を乗せられて手枷足枷がある感じだった。それくらい、うるさい人たちがたくさんいたってこと。落語はこうじゃなきゃいけない、落語家たるものはこうしちゃいけない、と、理論や形から入らなきゃいけなかった」
しかし、円楽さんの少し下の世代には、変化が見えます。
「私より少し下の世代は、蓋も重石も手枷足枷もないんです。自由闊達ですね。自分はこうなりたい。こういうやり方で行きたいと生き生きとやっている。今の人たちは頭もいいし、基本に忠実にならなくても理論なしでもどんどん口調を作り上げていく。師匠の鞄持ちを何年もやってやっと教えてもらえる、みたいなことじゃなく、DVDやCDが教えてくれるから。たどり着く先は同じだけれど、そこまでの道順が違うんだ。AIに近いような頭脳をもった落語家がどんどん現れてくるような気がするね。」
長年師匠と一緒にいる空気感が生むものもあるように思いますが、円楽さんは今はそこにはあまり注視しておられないようです。
「酒と同じでね。昔は杜氏が経験と勘を働かせて作った。精米は何パーセント、麹は何にする、水をどうする。今は醸造研究所があって、数値で作っていくでしょう。でも結果的に同じ酒ができる。化学か経験か、という分かれ目が芸事にも来てると思いますよ。」
筆者の個人的な希望を言えば、経験は残っていってほしいのですが。
「でもいいものは形変えて残っていくわけ。たとえば自分が作った「くすぐり」があって、それはもう誰が考えたのかわからないくらいいろんな人に流れていっている。一人に教えただけで、みんなに伝わっていくんですよ。」
円楽さんの落語は登場人物の人となりがはっきりと、美しい日本語で伝わってきます。落語初心者にもはっきりと言葉が聞こえてくるのです。
「たとえばね、古典やってるときに気をつけてるのは「漢字」と「カタカナ」。武士は漢字を使ってもいいけど、町人はひらがなですよ。『絶対にそんなことしちゃいけないよ』と言わない。「やっちゃいけねえよ。やっていいこととわるいことがあるんだ」というような言い方をする。それでいて今は使わない「工面」とか「料簡」なんて言葉は出てくるんですよね。 もうちょっとしたら、私も古—くなっちゃおうかなと思ってます。普段から「あんちゃん、衣紋掛(えもんかけ)とってくれ」とか。フレグランスなんて言わねえんだ(笑)。 カタカナが世間に蔓延してくると逆らいたくなってくる。そういうとこ、うちの師匠と似てるんですよ。」