鎌倉からバリ、ミャンマー、カンボジアへ。海とシルクと手仕事を求めて旅をしてきたミウラナオコさんが、今、辿り着いたのは、京都・宮津。丹後ちりめんで有名なこの地は、彼女が愛してやまないシルクの聖地でもありました。透き通ったブルーのビーチは、海の家のない静かなとっておきの場所。「日に2〜3度お香をたく」という彼女の暮らしは、心の贅沢に満ちています。
バブルと呼ばれた時代、ミウラナオコさんは、あるブランドで靴のデザインをしていました。40歳の頃からは、鎌倉に岩盤浴のあるサロン「ハマム」をオープン。湘南の女性たちの社交場として人気に。
「ライフスタイルそのものをデザインしたいと思うようになったんです。岩盤浴には、大量のユーカリを吊り下げたり、ハーブバスをやったり。そうすると、みんながミントやレモングラスを持参してくれるようになったり。そういうたくさんの素敵な女性たちが集まってくれて。それでみなさんが欲しいものを作ろうと、bonbon というブランドを立ち上げて、着るもののデザインも始めました。世界の、特にアジアの手仕事の素晴らしさを生かしたいという気持ちもありました」
アフガニスタンの刺繍。バリの染物。当初、彼女は現地に赴き、そこで職人さんたちと一緒にモノを作り上げていました。
「実際にその仕事を見て、一緒にやってみないとわかりませんから」
20代の頃はアライア、ソニア・リキエル、ダナ・キャランといったブランド物に身を包んでいた彼女が、手作りのものだけをまとうようになったのはなぜなのでしょう。
「40歳を境にそういうのは全てやめて、アクセサリーもマニュキュアもしなくなった。メイクもほとんどしないし、着るものは自分がつくったもの。なんででしょうね。ある時、それがいいと思うようになりました。だけど、ある種の自然志向の人たちのようになるのは嫌なんです。だからペディキュアは塗るし、ヒールは履きます。香水はつけないけれど、塗香を使ったりはします」
彼女の美意識は、その作品にも現れています。肌に心地よい布、心のこもった手仕事。そしてどこか、海という風景が似合うのです。
20年暮らした鎌倉や三崎も、今住まう京都・宮津も、海のある場所。
「私はサーフィンやマリンポーツをするわけではなく、ただ毎日海に入っていたいだけ。冬でも、雪の日以外は海に入ります。湖は好きじゃなくて、動いている水が好きなんだと思う。すべてが抜けていく感じがいいんです。空気も滞るより、漂うという感じであってほしい。そういう意味で、お香は好きなんです。部屋も空気が動いて、いい香りであってほしいから。毎朝、たきます。1日、2〜3回はたきますね。料理の匂いもいいけれど、それが済んだら空気は一新したいし。お香がない時は、紅茶やお茶をフライパンで炒ったりします。谷中生姜も、コップに刺しておくと、葉っぱからいい香りがするんですよ」
香り好きが高じて、鎌倉にある杉本薬局の杉本格朗さんと、オリジナルの塗香をつくったこともありました。
「10年前。くろもじやパロサント、イランイランなど入れた塗香でした。私は香水は使わないけれど、こういう香りは塗りたい。70歳を過ぎたらまた古典的な香水を使ってみたりしたい気もしますけれど」
その人自身のもつ匂いを混じり合う香りには、思い入れがあると言います。
「疲れていて体臭がきつくなっても、それすら愛しいと思うこともあれば、その人と気が合わなくなると、ほんのちょっとの匂いも嫌いになったりするでしょう。嗅覚は本能的なものにつながっているから面白いですね」
本当に気持ちが良いこと。自分が心から心地よいと思えること。それを突き詰めて、何を残すのか。今、ミウラさんの暮らしには、良い香りと心地よい布と、透き通った海があるのです。
photo by Yumi Saito
http://www.yumisaitophoto.com/
Text by Aya Mori