北鎌倉、東慶寺のお膝元にある一軒家は、ビューティーサロン「モダーン」。草木の緑に囲まれ、風の抜ける心地よい佇まいです。
オーナーの横田千明さんは、自然なお香の香りが好きだと言います。
昔の美容院の空気感とはまったく違う、このお店らしい香りが漂っています。
大手のビューティー・サロンで、都内での勤務も長かった横田千明さんが、北鎌倉に店をオープンしたのは、3年前。1月のオープンでしたが、3月から新型コロナの流行が始まりました。
「最初は私1人でマンツーマンでやっていました。お客様1人に私1人。コロナのことはいろいろ勉強して、感染対策を十二分にして対応していました。おかげさまで『密じゃないから、心配のタネが少ない』と、喜んでくださったお客様も多かったです」
そこへ来るまでにしてきたマスクを付け替えてもらったり、いろんな気遣いをされていたようです。
北鎌倉の緑を感じられるガラス張りのゆったりとした空間に、心を泳がせるような気持ちになれた人も多かったでしょう。
ドアを開くと可愛いフレンチブルドッグが寄ってきてくれます。
昔の美容院で感じたような、人工的な強い香りはまったくしません。
「なるべくオーガニックな美容商材を使っているのもありますが、壁を漆喰にしたのです。漆喰の壁は消臭効果があり、北鎌倉の湿気の多さも管理してくれます。昔の美容院の強いパーマの薬の臭いもなくなり、サロンでもほど良い香りが楽しめるようになりました」
エントランスには、お香の香りがふうっと漂います。
「イヌがいるので、なるべく上の方でたいていますが」
家から一緒に出勤するというフレンチブルドックの名前はコスケ。横田さんの膝の上で、あっという間にまどろんでしまいました。
店名の「モダーン」は、母方の叔父様が「モダンガール」という美容室を開いていたことからとったのだそうです。
横田さんが美容師の道を選んだのも、そのおしゃれな叔父様の影響があったと言います。
「母も洋服を作ったりしていて、おしゃれな人でした。よく『なんで美容師にならなかったのかしら』と言っていました。そんな母が早くに亡くなり、父も『千明が手に職をつけてくれたら安心して死ねる』と言っていました。私は割と手仕事がそつなくできるタイプで、手芸や料理も好きでした。でも叔父の姿や、両親の言葉があって、美容師になろうかと学校へ行きました。どうしても美容師、というわけではなかったんですが、父も亡くなり、何か両親の願いを叶えたいという気持ちもありました」
確かに頭が良くて愛嬌もあり、接客も上手な横田さんですから、他の職業でも成功したでしょう。ただ、今は彼女の美容師としての技術に惚れ込む顧客がたくさん訪れています。
「どうしても美容師になりたい」と頑張る学生たちのなかには、薬剤による手荒れやヘルニアになって苦しんだ人も多かったようです。何も問題なくやってこれた横田さんでしたが、最近になって自己免疫疾患が出てきたのだそう。
「それで自分の体を改善したいと考え、今年になって、アロマの勉強を始めました。香りを嗅ぐことで、脳に影響があるというのが面白いなと思って。今、受けているのは、香りで記憶を変化させるというプログラムです。例えば、ニキビができた時、ああ赤くなって化膿してしまって、という悪い記憶のスィッチを『すぐに治る』と切り替えるんです」
香りが記憶を呼び起こすことは割と知られていますが、それを逆手にとってそんなふうに悪い記憶のスィッチを別の香りで変えてしまう。面白い試みです。
「私はもともと柑橘系の香りが大好きだったのですが、カモミールの香りなどはあまり好まなかった。ブルーカモミールのエッセンシャルオイルをかいだとき、嫌い、と思ったんですね。ところが、嫌いな香りも、実は欲している香りなんだそうです」
先生に「嫌いな香りも欲している香り」と言われた横田さん、何度も何度もブルーカモミールの香りを嗅ぐうちに、気づいたことがありました。
「だんだん、どこかで嗅いだ香りだと思えてきたんです。それで気づいた。おばあちゃんちのにおいだ、って」
それは近すぎる人を素直に好きとは言えない気持ちに似ていたのかもしれません。 横田さんの心のなかに、懐かしい香りがどんどん思い出されていきました。
「おばあちゃんちの食器棚のにおい。学校の木造校舎のにおい。冬の図書館のにおい。福井県に育った頃の香りの記憶は、子どもの頃を思い起こさせてくれます」
香りをかぎわけるということは、その人の脳を生き生きとさせ、また美的センスも磨くのでしょう。
「香りは、ずっとつきまとわないように、演出したいです」
また訪れたくなる場所は、そういうふうに見えないところにこだわってつくるものなのでしょう。
●モダーン公式ホームページ
https://www.modern-kitakamakura.com
photo by Yumi Saito
http://www.yumisaitophoto.com/
Text by Aya Mori