10月も中旬を過ぎて、代官坂の金木犀の巨木がようやく香り出した。
黄昏前、店に出向く途中で、幸は木の下に立ち止まって、深呼吸した。
両手に下げた荷物が、上から下にストンと小さく動いた。
ああ。いい香り。
やっと秋が来たのかなと思った。
その夜は久しぶりにセルジュがやって来た。今日は豹柄のシャツに黒いデニムを合わせている。若いコが同じことをやっても出ない、年嵩の品が微かに漂う。もう少し寒くなったら革ジャンかトレンチだろうか。
男性が一人でやって来て、店が華やぐというのも珍しい。
セルジュは重めの白ワインを所望した。幸はイタリアのグリッロを選んだ。桃の果汁のようなまったりとした感触がうっすらと舌に残る。冷たくてもどこかあたたかいような味わいが、秋に似合うと思ったのだ。おお、と嬉しそうにステムをもち、ひと口飲むと唇を一文字に結んで、喉まで転がしてから言った。
「いつまでも白ワインが美味しくていいね」
「セルジュさんはいつも前向きでいいですね」
「どうせ今日を生きているんだよ。後ろを向いてどうするの」
いちいち、言葉が詞っぽいな、と幸は微笑んだ。
「何か作りましょうか」
「そうだねえ。白ワインに合うものを」
幸は頷いて、冷蔵庫を開けた。
以前、客のお土産でもらった、「あめいろからすみ」という宮﨑産のからすみがあった。
からすみは、ボラの卵を加工したもの。
特にこの「あめいろからすみ」は、日向灘で採れた成熟した寒ぼらでのみ作られるという。
ねっとりした食感と後をひく塩味と旨みは、ほかのからすみとは一線を画している。日本酒がいいのだろうけれど、セルジュはやはり白ワインだろう。酒呑みはからすみと酒で十分だが、それだけを出すほどの分量もなかった。
幸は帆立と合わせたオードブルを考えた。でも何か、その二つの魚介をつなぐ面白いものが必要だ。
いつかどこかの料理屋で、薄くスライスした大根とからすみを合わせたものを食べたことがあった。あれに似たものをワインに合うように作ってみよう。
刺身用の帆立貝は表面にさっと湯をかけ、3枚に下ろす。大根は、やはり薄くスライスし、あえて塩はしない。ドレッシングはマヨネーズと青レモンの絞り汁、EXVオリーブオイル、煮切り酒。そこへ刻んだからすみをちらした。
「からすみと帆立貝と大根のカルパッチョです」
「こりゃ旨そうだ」
セルジュはナイフとフォークを取った。器用に大根と帆立とからすみを皿の上で合わせ、口に運ぶ。
「うーん」
さくさくとした大根とからすみのねっとり感、帆立のプリッとした食感が相まって、それぞれのそのままの味が合わさる。そこへ、グリッロの果実味を流し込むというわけだ。
「いやあ。いいね、実にいいハーモニーだ」
「マリアージュではなくて?」
「マリアージュ?あなたは結婚はもういいだろ」
「わからないですよ」
「え」
「冗談ですよ」
二人は顔を見合わせて、ふふ、と笑った。