【ここまでのあらすじ】
暗闇でご飯を食べるイベントで偶然知り合った女性誌編集長の鍵崎多美子(50代)、フラワーアーティストの内畠麻貴(40代)、カフェでパティシエをする野添有紗(30代)、旅行代理店勤務の殿村未知(20代)。
世代が違いながらもなぜか通じ合うところを感じた4人は、有紗がパートナーの勝瀬とともに経営する池尻のビストロで女子会をすることになった。
有紗と勝瀬の恋についてひとしきり話が終わったところで、麻貴の恋話が始まる。
《1》
メインの豚のローストは塊で、グレーの大きなストウブ鍋に入った状態で運ばれてきた。運ぶ有紗の細い二の腕に、うっすらと筋肉が盛り上がっている。かなり重そうだが、ひょいともっている感じに、日頃の鍛えが見てとれた。
「こちらを切り分けますね」
ぱっと蓋を開けると、じゅうじゅうと焼き色がついた肉の塊のそばにローズマリーとにんにくが取り囲み、すべての香りがあいまって、ふわっと立ち上った。
「ああ〜美味しそう」
「たまりませんね~」
皆がその香りを吸い込むと、有紗はもう一度それを厨房に運んで切り分け始めた。
「なんかそういう話をしなきゃいけない雰囲気になってきましたね」
内畠麻貴が遠い目をして言った。が、一番年上の磯崎多美子は冷蔵庫のようなセラーの前で赤ワインを選びながら言った。
「いや、別に話したくなければ話さなくてもいいんじゃないの」
「私はないです、そういう話」
一番年下で29歳の殿村未知はあっさり言った。麻貴はさもありなん、と思った。未知の潔癖でさくさくした雰囲気は、確かに恋愛からは程遠そうだった。 「もったいない。29歳なんて、私、恋愛のことしか考えてなかったわ」
多美子はそう歌うように言い、あまり値段の高そうではない、ビオのフランス・ワインを1本取り出し、有紗に目配せした。有紗は「OKです。さすが」と、にっこり笑った。
「ガスコーニュ・キャトルセパージュの赤。ガスコーニュはフランス南西部の村。スペインのバスクの人たちが移住したところでもあるし。バスクといえば、肉料理だものね」
未知はその解説のほうに感動したらしく、目を見開いた。
「多美子さん、ワインおた、なんですね」
「…おた、っていうか…」
多美子は初対面から未知のツッコミにはいらっとくるものを感じていたが、まあいいや、とスルーした。