《2》
旅立つ前夜、有紗は小さなキャリーに二人分の荷物を詰めながら、うれしいのか、これでいいのか、よく固まらない気持ちをふわふわと詰めているような気持ちだった。
時計は2時を回っている。
洋三は風呂から上がってきて、スマホを覗いていた。
「何を言うとお」
思わず、そんな言葉が口をついて出てしまった。
「何?」
有紗は洋三のスマホを覗こうとして、ためらった。洋三は憤った口調でその画面を読み上げた。
「… 突然にいろいろ勝手を言ってすみません。というわけで、早く離婚が成立しないと、おなかの子どもの戸籍がわけのわからないことになってしまうので、よろしくお願いします。あなたに神戸に来てもらいたいのは、ほかでもなく、莉奈のことです。私、あの子をちゃんと育てていく自信がないのです。というか、けんちゃんも若くて、いきなり二人を育てていくだけの稼ぎもないし。引き続き莉奈の養育費をもらうか、あなたが莉奈をひきとってくれないかな。あの子はあなたに生き写しだし。… なーんて、勝手よね」
「勝手なこと言うなっちゅうねん」と、洋三はスマホに怒鳴った。
「しーっ、よ、洋三さん、夜中だから」
有紗は彼をなだめるように言った。
「これからどうするか、奥さんと莉奈ちゃんと、話したら」
洋三はウィスキーをあおって寝てしまった。有紗は朝までまんじりともせず、いろんなことを考えていた。
目をつぶっても、頭のなかにいろんな画像がフラッシュした。
かまってもらえないでいるかもしれない、莉奈という娘のこと。別の男の子どもを宿した洋三の元妻のこと。久しぶりに会う母親。なぜか、地元でもともとバイトしていたパン屋さん。…
もしもいきなり、自分が莉奈の母親になるとしたら。でもそんなことも、もうあながちありえないことではないと思えてきた。こんなにめまぐるしい日々なのに。他人が生んだ子どもなのに。そんな否定的な理由よりも「かまってもらえないでいる」子どもの存在が、有紗には胸がしめつけられるほどつらかったのだった。そしてなぜか、幼い頃、父親と王子動物園に行ったことなどを思い出した。
莉奈という子には、そんな思い出がもうできないかもしれない。そう思うと、自分のことのようにまたつらかった。