【ここまでのあらすじ】
暗闇でご飯を食べるイベントで偶然知り合った女性誌編集長の鍵崎多美子(50代)、フラワーアーティストの内畠麻貴(40代)、カフェでパティシエをする野添有紗(30代)、旅行代理店勤務の殿村未知(20代)。
世代が違いながらもなぜか通じ合うところを感じた4人は、有紗がパートナーの勝瀬とともに経営する池尻のビストロで女子会をすることになった。
第3話で麻貴は、7歳年下のピアニスト、篠原翔平とのもどかしい恋を語っている。
《1》
薔薇は手がかかる。
花市場で仕入れ担当が集めてきてくれた花は、すぐに水揚げの処理が必要だ。
丁寧に茎の下の部分を切って、水を吸うようにする。この処理をちゃんとしないと、時を待たずしてしおれてしまう。それに、トゲの部分も、丁寧にカットしておかないと、手にする人を傷つけてしまう。
やっかいだけれど、いや、やっかいなだけに、すべての手入れが終わって束ねられる薔薇は美しさを増す。
今日も麻貴は、朝から100本の薔薇の下処理をしていた。集学社の女性誌「Luck Me」から撮影用に頼まれた白い薔薇だ。なんでも表紙に使うらしい。もちろん、発注してくれたのは編集長の鍵崎多美子である。
多美子は、用があるとメールより電話をしてくる。そして後で確認のメールが来る。
麻貴は電話をほとんどしない。そういうときに、世代の違いを感じる。
「あー。麻貴ちゃん? あのさ、白い薔薇を100本欲しいの」
「ありがとうございます。どのくらいの花の大きさがいいんでしょう」
「ん〜。モデルが50本抱えて、絵になるくらい。…予備であと50本ね。本当は150と言いたいけど、予算がね。ストライプのシャツに白い薔薇。5月号なのよ」
「まだ2月なのに、もう5月号なんですね」
「4月売りだからね。もうすぐよ。こうやって人の3倍速で年をとってるわけ」
多美子はカラカラ笑って、あ、そうだ、と付け加えた。
「どう、例の彼とはうまくいってる?」
「… まあ」
麻貴は曖昧な返事で、口ごもった。電話の向こうの多美子は麻貴の微妙な心情に気づいたのか気づかないのか、脳天気に言った。
「バレンタインだし。頑張ってね」
運動会頑張ってね、みたいな言い方だなあ、と、麻貴は苦笑した。