【ここまでのあらすじ】
あるイベントで偶然、同じテーブルになった多美子、麻貴、有紗、未知。世代を超えて仲良くなった4人はそれぞれの恋や仕事の悩みを月1度集まって話し合っている。フラワーアーティストの麻貴はブライダルの現場で出会った年下のピアニスト、篠原翔平のマンションを時々訪れるようになったが、関係は進展しない。第3話、第8話でその様子が見てとれる。
《1》
夜になってもお湯の中にいるように暑い。
熱気と湿気が肌に張り付いてくるのを、もがきながら歩いているように思えてくる。
畠中麻貴は、心のなかでももがいていた。
篠原翔平と付き合って1年にも満たないが、なんだか同じことの繰り返しのような気がして、このままではどうにもならない気がして、もがいていた。
その金曜の夜も、麻貴は翔平と約束はしていた。ライブ終わり、閉店滑り込みで、焼肉を食べにいくことになっていた。
溝の口ホルモン。本当はもう違う店名に変わったのだが、二人の間ではずっとその店名だ。店内だけではなく、外にまで七輪が並んでいて、外席は半額だという噂もある。その日も、それが目当てなのか、見たことがあるようなないような若手のお笑いタレントらしい人たちが、外席に陣取っていた。
「今の時期、外はきついねえ」
「ほんとに半額なのかな」
「座ってみる?」
「いや、やめとこ」
麻貴はすでにファンデーションがついたハンカチで、鼻のあたりを押さえながら言った。
二人は店内に入った。12時前だというのに、店は満席だった。煙でもうもうとしている。
「さあ、食うぞ〜」
翔平は薄いジャケットをカバンの奥にねじ込みながら言った。いつもおとなしげな彼もこの店に来た時だけテンションが上がるのだった。
麻貴はそういうときの翔平を息子のように愛おしげに見つめるのが常だった。
「すみません、生二つ〜」
自分も高らかに手を挙げて、店員を呼んだ。