《2》
名物は塩ホルモンだが、どちらかといえば、麻貴はハラミなど肉系を食べた。翔平はほっそりした体に似合わず、ホルモン系も肉系もよく食べた。
笑いながら麻貴が言った。
「食べるの、早いよねえ、私たち」
「うん。焼肉に会話はいらないね」
「どしたの?」
翔平は口のなかでまだもぐもぐしながら、そう言った。ふと、麻貴は「この人は会話がいらないから、焼肉が好きなのだろうか」と思ってしまった。
お腹が満たされて忘れていた焦燥が、きゅっと胸の下のほうから湧き上がってきた。
「あのね、翔平さん、私、結婚したい」
「え。… 誰と?」
翔平は思わずそう言ってしまった。麻貴の顔がみるみる赤くなり、唇が震えた。
「… 翔平さんとに決まってるじゃない」
「結婚…か」
もう一度、翔平は呪文のようにその言葉を唱えた。
麻貴は少し酔った勢いもあって、堰を切ったように話し始めた。
「あのね、いいの。私は、2番目でいいの。翔平さんは音楽が一番大事でいいの。だから、協力するから。家賃も二人合わせたら、少し広いところが借りられるだろうし。
ていうかさ、会社辞めて、音楽一本にしてもいいよ。うん、家が広くなくてもいい。
私は別に、結婚式とか、指輪とかなんにもいらない。ただ、翔平さんと一緒に生きたい。一緒に心配したり、一緒に朝ごはん食べたりしたいの」
「 … 」
翔平は黙ったままだった。そうしよう、とも、考えておく、とも言わなかった。
「…Noなの?」
麻貴が言うと、翔平は「いや」と言った。
でも、そうしよう、とははっきり言わなかった。麻貴はだんだん、問い詰めるのが怖くなった。
そして二人はいつものように、ベッドに入った。すべてがいつもと同じだった。でも、朝まで眠れなかったのは、翔平のほうだった。