《3》
「今日は午後からリハがあるから」
「そう。また来週かな」
「夜のライブは来てくれないの」
「どこでやるの」
「六本木のSoftwindっていう小さい店なんだけど。この前の、ほら、乃木坂でやったボーカルの人とデュオなんだよ」
「あの人、何歳ぐらい?」
「60歳は超えてる。レジェンドなんだよ。昔、ハービー・ハンコックとプレイしたこともあるんだって」
麻貴は驚いた。どう歳を上に見積もっても、彼女は50代にしか見えなかったから。
「若く見えるねえ」
「息子が僕よりちょっと若いらしいよ」
「へえ」
麻貴はなんとなくまた彼女の歌を聴きたいと思っている自分がいることに気づいた。手帳を見るまでもない。今日は休み。だからここに泊まったのだ。明日は、朝早くから仕事だけれど。
「じゃ、行くよ。頭っから聴きにいく」
翔平はやっとにっこりした。メガネのないときの彼の笑顔が、麻貴は「大好きだ」と思った。