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    第12話 『麻貴のプロポーズ』

《4》

六本木のミッドタウンの並びに、その古い雑居ビルは申し訳なさそうにあった。
正面には入り口がなく、脇から入るようになっている。17時半に到着すると、ボーカリストの奥津城オリエはもうすでに来ていて、ピアノの椅子に反対に座って横を向き、灰皿を手に煙草を吸っていた。

「すみません、遅くなっちゃって」

翔平が恐縮すると、オリエはふっと煙を上に吐いて、煙草をもった手を振った。

「いいのいいの、別にいらないもん、リハなんて」

「でもちょっと声出したほうがいいでしょう」

「まあね」

オリエはそれでもピアノの椅子から動こうとしない。すでに着替えたのか、まさか家から着てきたわけではないだろう、肩の出たベージュのシフォンのドレスを着ている。少し潤いを失ったかに見える腕が、かえってセクシーに際立っていた。

「翔平って、彼女いるの」

「はい。まあ」

「あんたいくつだっけ」

「もうすぐ35になります」

「結婚しないの」

「実は昨日… プロポーズされました」

「へーっ、彼女、やるじゃん。年上?」

「はい。7つ上なんです」

「いいじゃんいいじゃん。結婚するんだね」

「それが…」

翔平は口ごもった。そして、なぜかオリエにははっきりと言えた。

「僕、自信ないんですよ。毎日会社行って、週末だけライブやらせてもらって。こんなんで、誰かを幸せにするとか、子どもつくるとか、なんか想像できないじゃないすか。でも麻貴は、僕に『音楽が一番で、私は二番でいい』って、『会社辞めて音楽一本にしてもいい』って、そこまで言ってくれたんすよ。僕の覚悟はなさすぎです…」

オリエは、アイラインで囲んだぎょろっとした目を翔平に向けた。

「じゃ、別れんのね」

「いや、僕は… 麻貴のこと、大事です。大事だから、なんか申し訳ないような気がして」

「そう言ったの」

「…」

「そう言ってあげればいいじゃん。素直にさ。それでさ、なんとでもなるんだよ。二人で頑張れば、思いがけない力が湧いてくることだってあるの」

「そうですかね」

翔平は、黙って首を振った。オリエは、今度は目を伏せて、やさしくゆっくり言った。

「そうよ。私だって、そうやって結婚して、達矢を産んだんだもの」

オリエは本番の1曲目に『You and the night and the music 』を選んだ。
…あなたと夜と音楽と。この音楽が終わるとき、あなたと私は一つになっているかしら。そんな歌詞が、会場に香りのように漂った。

翔平は、黙って首を振った。オリエは、今度は目を伏せて、やさしくゆっくり言った。

麻貴はそれを聴きながら、翔平の本心を、まるで煙を探すかのように、空間と音のなかに探すのだった。

To be continued…

★この物語はフィクションであり、実在する会社、事象、人物などとは一切関係がありません。

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作者プロフィール

森 綾 Aya mori
https://moriaya.jimdo.com/
大阪府生まれ。神戸女学院大学卒業。
スポニチ大阪文化部記者、FM802編成部を経てライターに。 92年以来、音楽誌、女性誌、新聞、ウエブなど幅広く著述、著名人のべ2000人以上のインタビュー歴をもつ。
著書などはこちら

挿絵プロフィール

オオノ・マユミ mayumi oono
https://o-ono.jp
1975年東京都生まれ、セツ・モードセミナー卒業。
出版社を経て、フリーランスのイラストレーターに。 主な仕事に『マルイチ』(森綾著 マガジンハウス)、『「そこそこ」でいきましょう』(岸本葉子著 中央公論新社)、『PIECE OF CAKE CARD』(かみの工作所)ほか
書籍を中心に活動中。

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