【ここまでのあらすじ】
高校時代、好きだった人が交通事故で突然この世を去ってから、未知は恋に踏み込めずにいた。鉄道好きが高じて旅行代理店で働いているが、上司のちぐはぐな指示に振り回される日々。そんなある日、まさかの場所で専務に気に入られ、息子とお見合いをすることになった。高井希望(たかい・のぞみ)は新幹線「のぞみ」が生まれた年に生まれた26歳。靴職人だという。
《1》
未知は希望のことを嫌だとは思わなかった。でも突然好きにもなれなかった。
希望は未知に対して同じような気持ちだったのかもしれない。あのキャピタル東急のラウンジでのお見合いの後、1ヶ月以上連絡がなかった。
… LINEくらいしてくればいいのに。
未知は自分からはしないのに、そんなことを思い、やたらと着信を気にしていた。朝、3件メッセージがあるのに気付き、開けてみると、全部商品の売り込みメールでがっかりする。そんなことが3度は続いた。
もう忘れよう。そう思った6月の朝、希望からメールが来た。
「梅雨があけたら、鎌倉に行きませんか」
なんという気の長い話だろう、と未知はため息をついた。普通、お見合いをして3度会って結婚するかどうか決めるのだと、多美子は言っていた。いや、自分にはこのくらいでいいのかもしれない。だいたい、相手のことが好きかどうかもまだわからない。向こうだって、迷っているのだ、きっと。
「鎌倉といえば、江ノ電ですね」
未知はそう返した。そして、それは答えになっていないと気づいて、こう付け加えた。
「行きます」
二つのフレーズを並べてみると、まるで江ノ電に乗りたいだけのように見えた。
希望はその返信を見て、未知の心を見透かしたかのように、こう返した。
「江ノ電はいいですね。藤沢から由比ヶ浜までたくさん乗りましょう」
未知はそのメッセージを見ると、条件反射のように鎌倉に行きたくなった。