【ここまでのあらすじ】
麻貴は41歳のフラワーアーティスト。恋人で7歳年下のピアニスト、篠原涼平が若い女性と連れ立って飲みに来たのに遭遇してしまった麻貴は、その相手とのことを確かめることもできず、距離をとってしまった。
〜3話8話12話16話をお読みください。
《1》
たった一人、従業員も帰った暗い店内に、パソコンの青い光が麻貴の顔を照らしている。
その顔はぽっちゃりした木目込み人形のように固まっている。
彼女は多美子が新しく始めた「Luck me web」で頼まれた、花にまつわるコラムを書こうとしていた。
「… だめだ、書けない」
テーマは春のブライダルのブーケについて。3月には未知の結婚式もあるし、少しは勉強し直そうという気持ちもあった。
しかしネットでいろいろ調べれば調べるほど、無味乾燥な説明データばかり山のように出てくる。これらをコピペして並べてもいいものではなかろう。
ふと、真面目に長い文章を書くのは卒論以来かもしれないと思った。
自分のブログを振り返って見てみると、短い言葉と使った花の種類、あとは写真ばかりが出てくる。
「ふう…」
大きくため息をつき、気がつくと、あの日から会っていない涼平のブログを検索していた。
年末に向けてのライブスケジュール。誰かと食べた大盛りのラーメン。ピアノの鍵盤と譜面台の上に置かれたオリジナル曲の楽譜。パソコンで書いたと見られる律儀なおたまじゃくしが並ぶ上にタイトルがあった。見たこともないタイトルだった。新曲のようだ。
「reminiscence」。
麻貴はあわてて和訳サイトにその言葉をコピペした。
「回想。追憶」
涼平は一体何を懐かしんでいるというのだろう。
それを自分のことだとは思わないほうがいい、と麻貴は強く思った。でもその反面、自分のことであってほしいとも思った。
じわり、と涙がにじんできた。麻貴は首を振ってパソコンの横のティッシュに手を伸ばした。