【ここまでのあらすじ】
(詳しくは4、9、13、17話をお読みください。)
高校時代、好きだった人が交通事故で突然この世を去ってから、未知は恋に踏み込めずにいた。鉄道好きが高じて旅行代理店で働いているが、上司のちぐはぐな指示に振り回される日々。そんなある日、まさかの場所で高井専務に気に入られ、息子で靴職人の希望(のぞみ)とお見合いし、結婚することになった。初めてのことばかりの婚約期間。が、会社を巻き込む結婚式は面倒なことばかりで。…
《1》
年が明けてから3月初めの挙式まではあっという間だ。
未知の「To do list」には確実にチェックが入っていっていた。しかし彼女は何か忘れているような気がして落ち着かないのだった。
「年明けすぐに、招待状を出さないとね」
そう言われて招待客を二人で席次表に書き込んでみたものの、それが一番難題だったと気づいた。
希望(のぞみ)は専務の息子なのだった。ということは、社長をどこに座らせるのか、役員をどれだけ呼ぶのか、部署の上司は、と、やたらと会社のメンツが並ぶのだ。
誰をどこまで呼べばいいのか、正直、未知にはまったくわからなかった。わからないままに席次表を作ってしまった。きっとそこに何か大きな問題があるのだろう。
希望からのLINEに、大問題がにじんでいることは一目でわかった。
「さっきの席次表を父に見せたんだけれど、明日、未知さんと3人で作り直したいって言ってる。。。」
未知は「わかりました。とりあえずそちらへ伺います」と書いて「とりあえず」を消し、最後に「何時がいいですか」と付け加えた。
「3時くらいかな」
希望のメールはいつも用件だけだ、と未知はため息をついた。
そのとき、次の言葉が返ってきた。
「いろいろごめん」
謝らないでよ、と未知は思った。謝らずに、ちゃんと自分の意見も親に言ってほしかった。希望はいったい、会社披露宴になってしまうことをどう考えているのだろう。
未知はノートパソコンを開くと「わたらせ渓谷鐵道」と検索した。いつか一人で行ったことのある路線だった。延々と両脇に寄りかかれそうな緑が続く。
目をつぶって、音だけ聴いていると、その緑の匂いがふんわりと漂ってきそうだった。
「また行きたいなあ」
そんな言葉が口をついて出た。