《2》
高井家は世田谷線の上町にあった。未知の住まいからはそう遠くはない。
手土産はあまり考えず栗蒸し羊羹にした。高井家にはすでに何度か訪れているものの、未知にとっては雲の上の上司の家であり、なんとなくまだ家族になるとは信じ難かった。
舅となる専務はグレーのスーツがはまりすぎている、鉄道好きの穏やかな人という印象しかなかった。しかし何度か会ううちに、お腹のなかでは案外いろんなことを考えて根回ししたりするのも得意な人なのだとわかってきた。
なるほど、上場企業で役員にまで上り詰める人というのは、ただ穏やかでは済まないのだろう。
姑となるその高井夫人の公子は、物静かに世間体を気にするタイプだった。ほっそりした顎が希望に似ていた。
「まだ親がかりですけれど、長男なんでね。恥ずかしいことはできないんですよ」
初めて会ったとき、公子はそう言った。希望は無表情にその言葉を流していた。
一人息子。長男。親がかり。そんな言葉の重さを、未知はこの家に来る度にだんだんと感じてきていた。
どうやら、希望の収入は未知の半分くらいだった。新居は高井家の敷地内にある離れを改装して、ということになっていた。
親がかり、ということは、親とも一緒に結婚するということなのだと、未知は順序立てて悟った。
ピンポン。
インターフォンを押すと「どうぞ」と、公子の声がした。
「いらっしゃい」
フェルトのスリッパを勧められ、リビングへ通される。
くつろいだフリース姿の高井専務がダイニングチェアにかけていた。
テーブルの上に、新しい席次表が置かれていた。
「こんな感じでどうかなあ。… お友達は2次会に来ていただくことにして」
前方は会社の幹部がずらりと並ぶことになっており、希望と未知の友人の分が2席ずつ削られていた。
「… 」
異議を唱えることはできない、と未知はごくりと唾を飲み込んだ。
今回の結婚式も披露宴も、8割がた、高井家が出すという話になっている。衣装だけは未知サイドが用意するというくらいのものだった。
希望は静かに言った。
「僕の友達はいいよ。そんなに仲がいいわけでもないし。でも未知さんはどうかな。未知さんのお友達は入れてあげたほうがいいんじゃない」
公子は黙って未知の顔を見やった。何も言わずこちらに答えを求めるところに、未知はなんともいえない圧力を感じた。
「会社の方が大事ですから」
未知はそう力なく答えた。そう答えるしかなかった。
「そうよね。そうそう」
公子は途端に笑顔になった。そして尋ねた。
「あの、ウェディングドレスはどんな感じ?どこのブランドのを着られるの」
「友達に紹介してもらった方に作ってもらってるんです。希望さんの靴が見える様なデザインで」
「え」
今度は公子の眉がまた不安げに寄った。
「そんなつんつるてんの… それはおかしいんじゃない」
その言葉に今度は希望の顔に影がさした。