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今かぐわしき人々 第270回
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    第270回:が〜まるちょばさん(パントマイムアーティスト)

    更新日:2026.2.2

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パントマイムは発展途上の表現。やればやるほどいろんなことが出てくる。
誰もやっていないし、目指すものもない。自分で開拓していくしかないんです。

セリフを使わず、動きだけで物語を演じるパントマイム。そんなエンタテインメントを35年も続けているが〜まるちょばさん。1999年から2019年までは二人での活動だったが、今は全く一人で演じている。2月20~23日、東京新宿・紀伊國屋サザンシアターで開催される新作長編『ピストルと少年』はぜひ「ライブで観てもらいたい」という。

《1》一人でやれるものを探して、パントマイムと出会った

 モヒカン・スタイルにキリッとした無駄のないスーツ姿。フォトセッションから始まったこの取材は、が〜まるちょばさんの動きを見ることから始まった。
 フォトグラファーが「体が柔らかいんですね」と声をかけると「そうでもないんですよ」と言う。
むしろぐにゃぐにゃと形を変える顔の筋肉にも驚く。
 デビュー以来、なぜモヒカンを通しているのだろうか。

「最初はパンクミュージック、パンクファッションが好きだったことからです。でも学生の頃はできなかったから、いつかしてみたいという想いがありました。世の中的にモヒカンで生きていくって難しいじゃないですか。でも、アルバイトをしながらパントマイムをやっていこうと決めたときに、モヒカンにしちゃったら後に引けないな、と。それと、当時はストリートでパントマイムをしていて、目立つということが結構重要だったんです。ここに僕がいます、と言葉では表現できないので。そうすると、特に海外でやったときに『アジアのモヒカンはどこにいるんだ?』と探してくれて、人気が出やすかったりしました」

 パントマイムを始めたのは、20代半ば。

「一人でやれるものを探していたんです。若い時はちゃらんぽらんだったけれど、25歳までに自分の道を決めようとは思っていました。一人でやれるもの。自己顕示欲もあったので、多くの人の中で生きていけるもの。そういう条件でいろんなものを見ていて、パントマイムに出会ったんです。そのとき、これをやりたい、とか、憧れた、というより『パントマイムをやる!』と決めたんです」

 道を決めてから、がーまるちょばさんはまっすぐに歩き始めた。
 まずは師匠についた。

「どこで習えるんだろうと思って情報誌の『ぴあ』を見ました。そうしたらパントマイムのコーナーがあって、ライブを観に行ったんです。そうすると、教室のチラシをもらって、いくつか行ってみたけれど肌に合わなかったりして。そうするうちに清水きよしという師匠と出会って、習いました。でも習っていると似てくるんです。僕は師匠と違うことをやろうと意識していました。清水さんは崇高な方だから、じゃ僕はちょっと下品なことをやってみようとか」

 最初から「自分の表現」にこだわっていたというのがすごい。すぐにひとりの演者として歩んでいくこととなる。道は延々と続いている。

「決めたからには辞めちゃダメなんです。辞めることは考えたことがありません。もし辞めるときは死んじゃうとか、病気になるとか、やむを得ぬ理由がある時でしょうね。常に発展途上の表現なので、やればやるほどいろんなことが出てくる。誰もやっていないし、誰かの真似でもないし、目指すものもない。自分で開拓していくしかないので。そうすると、新しいことがどんどん出てきて、つまらなくなることはないんです」。

が〜まるちょばさん

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