《1》
ローズマリーとガーリックが焼ける香りがローストチキンから立ち上る。
クリスマスイブを挟んだ3日間は、ビストロ・ドゥ・ミニヨンが1年で一番忙しい時期だ。おまけにそれが終わると、おせちの仕込みも始まる。
有紗はまだ乳飲み子の海と莉奈を連日シッターさんに預けなくてはならなかった。それでも洋三と千裕と3人では追いつかないほどやるべきことがある。洋三は神戸から、調理師学校を出て5年になる甥の翔太も呼び寄せた。卒業してからは大阪の和食の店に5年いたが、そこを辞めて次は海外のレストランを目指したいという。その前に少しフレンチかイタリアンで働こうとしていた。
翔太はカーネル・サンダーズを短髪にして小柄にしたような体型で、黒縁のメガネをかけていた。中学のときはラグビーをやっていたといい、なかなか動きは軽かった。体育会系で育ったからか、和食の店で鍛えられたからか、礼儀正しく、なかなか気の利くところもあった。
オマール海老のサラダ仕立て、オレンジソース。ビーツのポタージュ。そしてクリスマスといえば、ローストチキン。この店のローストチキンは、たくさんのきのこや栗を詰めてある。その部分も美味しいと評判になった。
クリスマスイブには未知が、そして翌日のクリスマスには多美子がそれぞれ2名で予約を入れていた。
今日はイブだ。
有紗は朝からパタパタと動きながらも、基本のベシャメル・ソースを仕込んでいる洋三に語りかけているのか、独り言なのか、こうつぶやいた。
「今日の未知ちゃんは希望さんと来るよね。それで、多美子さんはあの鷲士さんんとかいう人の来るのかな」
「その、ITの会社の男か。付き合うとんか」
洋三も何気につぶやいた。有紗はきのこのゴミをとったりむしったりしながら答える。
「わからん。一緒に会社をやり始めたからというて、そうとは限らんけど」
ふうん、と、洋三は小さなため息をついて言った。
「そこに愛はあるのか」
有紗はふふふ、と笑うと、聞き耳を立てている翔太と千裕に指示した。
「翔太くんはビーツの皮を向いてピューレにしてね。千裕ちゃんは、ケーキのほう、早いとこね」
二人はあわてて持ち場についた。