【ここまでのあらすじ】
多美子、麻貴、有紗、未知の4人は暗闇で目隠しして食事するというイベントで偶然同じテーブルになり、意気投合した。それは世代を超えて友達になったそれぞれの、人生が大きく動き出すタイミングでもあった。
50になったばかりの多美子は女性誌の編集長だったが、恋に背中を押されて会社を辞め、その男とウエブ制作の会社を立ち上げた。
40代の麻貴は年下のピアニストと半同棲で行ったり来たりしていたが、夏に一度別れ、大晦日に再会した。
30代の有紗は神戸から不倫状態の男と駆け落ち同然で上京したが、相手の娘を引き取って入籍。そして自らもまた男の子を産む。
20代の未知は死んだ初恋の相手を忘れられないでいたが、自分と同じく鉄道が趣味の専務に気に入られ、息子と見合いし、結婚しようとしている。
《1》
未知は眠れたのかどうか曖昧なまま、婚礼の朝を迎えた。
寝る前にベッドの周りに「anming」というアロマスプレーを振りまいたのだが、今日だけはいよいよとドキドキとはらはらの3つの気持ちが勝ってしまった。
いつもなら、その潤いを含んだ緑の草原のような香りにほっと眠ってしまえるのに。
それにここは自分の部屋ではない。
未知の両親が北海道から上京し、ホテルのツインの部屋にベッドをひとつ入れてもらって3人で眠ったのだった。
川の字の真ん中で、未知は幼い頃のことを思い出していた。両親もそのようだった。
「未知、憶えてないだろうけど、あんたがはしかになったときに、夜中に医者に連れていって、帰ってきて、こうやって寝てさ」
母親は天井を見ながらそう言った。父親はもういびきをかいていた。
「おとうさんはいいねえ。よく眠れるよねえ」
「ほんとだよ」
未知はそう答えて、やっぱり天井を見ていた。眠る父親を見るとなんだか泣いてしまいそうだった。
この両親の間で、大人にしてもらった。今は離れて住んでいるけれど、ずっとこうして二人の間にいるような気持ちで生きてきたような気がする。
結婚したら親子ではなくなるというわけではないけれど、両親のほうから少し遠ざかるような気配を感じた。
母親がぽつんと言った。
「未知、お父さんによくしてもらったねえ。お父さん、毎日毎日、あんたのことを心配してたよ」
「うん」
未知はそう返事をするのが精一杯で、父親が眠る左のほうへ寝がえりを打った。
真っ白な枕カバーに目尻を押し付けながら。