鎌倉・小町通り。街の喧騒を少し逃れるように建つ瀟洒な一軒家があります。ここが香司「鬼頭天薫堂」。30年以上この鎌倉の地で、地元民にも観光客にも愛されてきました。社長の小林さんに、まずこの厳かな店の名の由来を伺いましょう。
「『鬼頭』は、明治時代の天才調香師と言われた鬼頭勇治郎の名前です。大阪、堺の人で、その時代に西洋文化にふれ、花の香料を生かしたフローラルの香『花の花』、明治、大正、昭和、平成と4つの時代を経ても日本中で愛されている『毎日香』は彼の名作なのです」
鬼頭天薫堂は戦前からありましたが、第二次世界大戦後、日本香堂が担うこととなったようです。
日本香堂の始祖とも言える「香十」は銀座に本店を構えますが、この「鬼頭天薫堂」は鎌倉。鎌倉に香司を構えたのにはこんな理由がありました。
「東の古都であり、文化的背景がふさわしかったからです。ここで『由比ヶ浜』『鎌倉五山』『雪ノ下』『若宮』といった鎌倉にしかない香が生まれました。どれも長く愛されている上品な香です」
鎌倉の地名をいただいた香はどれも人気があります。
「『若宮』は沈香ですが伽羅の香りに近く、少し苦味があります。『鎌倉五山』も沈香系で、辛みが一番出ています。『玉芝』は白檀なのですが、こちらはやや甘みがある。苦み、辛みという香りの味わいは、言葉で説明するのが難しいのですが、たとえばマーマレードでも、やや苦味があるほうが大人っぽい味わいでしょう。その感じに近いかもしれません。ぜひ実際に焚いて、香を味わっていただきたいですね」。
味覚と同じで、最初は花の香りや甘い果物のような香りにひかれるものですが、年齢を重ねるほどに苦味や辛みの良さがわかってくるものなのかもしれません。上質なお香には必ず絶妙な頃合いの苦味や辛みが感じられるもの。仏前のお供えに用いる線香が、優雅なルームフレグランスにもなるのです。