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  • その7「キンカチョウのゆくえ」

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⚫︎ノリカズくんのユーレイ

オスのキンカチョウは、しばらく一匹でカゴのなかを相変わらず忙しく動き回っていた。

「オスが強すぎるのかもしれんな」

父はそう言って、カゴのなかを見た。母が嫌な顔をした。

「珍しい鳥やというてたから、小鳥屋にもっていったら、引き取ってくれるかもしれんな」

小鳥屋さんに尋ねると「引き取りますよ」と言われた。ある日、母と私はその小鳥のカゴをもって出かけた。
道の途中で、ノリカズくんのおかあさんに会った。

「きれいな小鳥。どうしたんですか」

「飛んできたんですけど。ちょっと難しくて飼いきれないので、小鳥屋さんにもっていこうと思ってるんです」

「えーっ。うちで飼ってもいいですか」

「えっ」

母は、詳しいことを説明しようとしたが、うまく説明できず口ごもっているうちに、のりかずくんのおかあさんは、どうしてもどうしても譲ってほしいときかなくなった。
それはすごい勢いだったらしい。

「ほんなら、どうぞ」

「よろしい? わー、うれしい」

キンカチョウはそうして、ノリカズくんの家にもらわれていった。ちょうどその頃、もうノリカズくん一家は、母屋で舅姑と一緒に暮らし始めていた。
母は「奥さんがあんなに無理を言わはるのは、おうちが気詰まりやなんかもしれんな」と思ったらしかった。

やがて、母屋でいざこざが起こるようになった。時々、怒鳴り声が聞こえた。

ちょうどその頃、両親は小さな庭に、ホクサンバスオールというユニットバスを設置しようと考えた。
いくら近所でも、母方の祖父母の家にいつまでも風呂をもらいに行くのはよくない。銭湯も値上がりした。ここにお風呂があったら、毎日、全員がここで入れる。でも、その箱型のユニットバスを置くには、もみの木を抜かねばならない。

母屋に相談に行くと「それはいいことです」と賛成はしてもらったものの、ぽつりと奥さんが言った。

「あのもみの木は、息子が植えたものなんです」

「それは… 申し訳ありません。やめときましょうか」

「いえ、あの、毎日お風呂に入れるのはいいことです。お風呂、置いてください」

そんな話を、私は今も憶えているのだから、とても申し訳ないことだと感じていた。何かノリカズくんに悪いことをしたな、と思った。
それから、半年ほど経った頃のことだろうか。

夏のある日、私は、母方の祖父母の家に泊まっていた。祖父母の間に眠るのは気持ちがよかった。とても安心できた。仏壇と、桐の箪笥のあるその部屋が、私は好きだった。
桐の箪笥の香りを時々くんくんとかいだ。そこには祖母のきものがたくさん入っていて、樟脳の匂いもした。

いつものようにお風呂から上がって、ヤクルトをもらって飲み、二人の間に入って眠った。
と、夜中に目が覚めた。
見るともなく、頭の上の閉まった障子のあたりを見ると、その隙間がスーと開いて、ノリカズくんがユーレイの真似をしてこっちに来た。

「あ」

叫びそうになりながら、目をこすると、すーっと消えた。
私は起き上がって正座し、しばらくぼんやりしていた。
その様子に気づいて、祖母が起きた。

「どないしたん」

「今な、ノリカズくんがな、ユーレイの真似してな、そこにおってん」

私が言うと、祖母は「いてへんいてへん。はよ寝なさい」と、布団のなかに招き入れてくれた。
障子に隙間はなかった。

なんやったんやろう、と思いながら、そのまま眠ってしまった。

朝になって、母親が私を迎えにやってきた。そして祖母に言った。

「母屋のな、奥さんと息子さんが朝はように出ていかはったみたい。沖縄に帰りはったらしい」

「リコンかいな」

「親と一緒に住みはって、きつかったんかな」

私はおそるおそる聞いた。

「ノリカズくんも… 沖縄行ったん」

母は眉をひそめて「うん」と言った。

「昨日の夜、ノリカズくんのユーレイが来たよ。ノリカズくん、来たよ」

そう言うと、祖母はハッとしたようだった。そんなアホな、とも、夢見たんやろう、とも言わなかった。
そして祖母は母に、夜中に私が起き上がっていたことを語った。

「お別れを言いに来やったんかもしれんな」

母が真顔で言った。

桐の箪笥にもたれて、私は夜中にノリカズくんのユーレイを見た障子のあたりをじっと見ていた。それはもう、いつもの障子で、そこにはもうノリカズくんは現れそうになかった。
あれから50年以上経つが、私はあのときのユーレイを思い出せる。
その後、いろんな日本の古典を読んで「生霊(いきすだま)」の話が出てきても、なんとなくすんなりと「あるある」と思えたりする。
きっとノリカズくんは、いきなり沖縄へ行かなくてはならなくなって、本当に寂しかったんだろうな、と。

キンカチョウはあれからどこへ行ったのだろう。
奥さんとノリカズくんと、一緒に出ていったとは思えない。どこかへ、逃がされたのだろうか。
いまだに母は、あのとき、あの小鳥を奥さんにあげなければよかった、と言う。
あの小鳥が夫婦の仲を裂いたのではないかというのである。


https://www.facebook.com/aya.mori1

photo Keita Haginiwa
Hair&Make Takako Moteyama  

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