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その14「12歳のお遍路さん」
    1. エッセイ
  • その14「12歳のお遍路さん」

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●お遍路さんになる準備

 秋は忍び寄ってくるけれど、春はこちらから逢いにいくものだ。
 菜の花を見ると、私はその春休みのことを思い出す。
 中学に入る前に私はお遍路に行った。

 きっかけは、母親の小学校時代の先生という、おばあちゃんの一言だった。

「綾ちゃんも、来なさい」

 行くかでも、行ってみるかでもなく「来なさい」だった。そのおばあちゃんの娘は母親と同い年で二人は高校を出た後の洋裁の専門学校まで一緒の仲良しでもあった。そのまた娘のカヨちゃんは、私より5つか6つ下だったように思う。

「カヨも綾おねえちゃんと一緒に来なさい」

「わーい」

 小さいカヨちゃんは恐ろしく物分かりのいい子で、自分の祖母の言うことに100%従った。

 このおばあちゃんはご主人を第二次世界大戦で亡くしていて、大阪市の遺族会の役員にもなっていた。もともと先生だったというのもあって、背筋がピンと伸びていて、話し方もかくしゃくとしていた。私はよく彼女が鉢巻をして竹槍を持っている姿を想像した。

 私の母はこの誘いに「それは行かな」と言った。カヨちゃんのおばあちゃんが「来なさい」と言っているし、4月からは京阪電車に乗って聖母女学院中学へ通学することになっていたから、心身、逞しくなってほしいという気持ちがあったようだ。
 父は「そんな宗教じみたことをしなくていい」と最初は反対したが「何か将来、ものを書く時の経験になるかも」と、5〜6万ほどかかる旅費を出してくれた。
 私学の学校へいくお金もかかったと思うのに、よく出してくれたと思う。
 しかし思えば父はいつも将来の私を「ものを書く」人になると決めていた。
 「綾」という一文字の名前をつけた理由も「森 綾」という字面が「本屋で目立つから」だとうそぶいていた。

 「お遍路に行く」と決めた時から、さまざまな準備が始まった。

 カヨちゃんのおばあちゃんに言われ、写経をすることになった。
 ある日、カヨちゃんの家に行くと、二人は縁側に机を寄せて、正座して写経をしていた。
 硝子越しに午後の光が二人の横顔を照らしていて、とても気高く見えた。なんとなく声をかけづらい空気だったので、立ちすくんでいると、おばあちゃんが筆をあげて、こちらをチラッと見て言った。

「あんたも早くここへ来て書きなさい」

「はい」

 私はハッとして、二人と同じ大きな机に座った。なんで小さいカヨちゃんにこんな難しい漢字が書けるのかと思ったら、うっすらとすでに印刷されているものの上をなぞっているのだった。

 母は私が出発する前々日だったか、夜なべして、白衣(はくえ)をさらしで作ってくれた。それを羽織り、首に「南無大師遍照金剛」と書かれた和袈裟を下げると、「同行二人」と書かれた杖を持つ。
 荷物は替えの下着と、あずきを入れた小さな枕が一つ。この枕も母が作ってくれた。第三十一番の竹林寺で、この枕を奉納するのだということだった。
 白い上っ張りを羽織ると、私は自分のためだけに行くのではなく、それを作ってくれた母や、お金を出してくれた父、兄弟、そしてご先祖様の思いを持って行くのだという気がした。

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