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  • その14「12歳のお遍路さん」

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⚫︎バスの中の人生

 カヨちゃんのおばあちゃんとカヨちゃんの3人で行ったはずなのに、今の私にはじぶんが一人でそこに参加したような、不思議な記憶の変容がある。

 それはごく普通の近畿日本ツーリストのお遍路パッケージツアーであった。
 四国八十八ヶ所のうち24の寺を、1週間でめぐるスケジュールが組まれていた。
 その間、テレビ、ラジオ、新聞など、世間の情報からは一切隔絶されなくてはならない。もちろん、家族と連絡を取ることも許されない。
 今ならどうするんだろう。スマホはスィッチオフなのだろうか。

 バスの中には50人ぐらいの人がいたろうか。
 先達さん、と言われる30~40代の男性がしきたりを説明し、次に参る寺について、バスの中で説明してくれた。

 情報は隔絶されても、バスの中には和やかな雰囲気が漂っていた。先達さんは大柄で優しい人だったし「ご接待」と言って、どこへ行ってもお菓子をもらった。寺の周辺の人々はお遍路さんを「小さいお大師さん」のように扱ってくれるのだ。
 道後温泉に行った時、子どもの私にまで、お遍路さんだとわかると「ここをお使いください」と、綺麗な洗い場を先に譲ってもらったりした。
 私は「ありがとうございます」と、お辞儀した。
 人は大事にされれば、また人を大事にしたくなるものだと、知った。

 最初はコミュニケーションがなくても、ずっと一緒にいるのだから、参加者どうしもだんだんと打ち解けた。

 

「あのご夫婦は、お子さんとお孫さんを交通事故で一度に亡くされたらしいよ」

 たまたま隣に座った人から、そんなふうな噂も伝わってきた。お金持ちそうで、しかも人の良さそうな、絵に描いたような立派なご夫妻だった。でも二人はほとんどしゃべらず、にこやかに窓の外を一緒に見ておられた。

「もう2回満願して、3回目らしい」

 バスでも満願までには1ヶ月以上かかる。ひたすらお遍路を続けることで、あの夫妻は失った子と孫と一緒にいるのかもしれなかった。

 私は人生の言うに言われぬ理不尽を思って、やっぱり窓の外を見た。
 バスの外に流れていく景色は、海だったり山だったり、畑だったりした。
 菜の花が、日を浴びて黄色く流れていった。

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