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  • その15「野営の香り」

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⚫︎火もりのモリとヒダカ

 初めて行った野営は大阪府の能勢郡にある青少年の家のユースホステルであった。
 ユースホステルは男女が別々に泊まる宿舎であるから、テントで寝るわけではない。正直、がっかりした。
 しかも食事が給食より不味かった。おまけに母親が調査書のようなものに私の短所を「食べ物の好き嫌い」と書いたものだから、残さず食べるようリーダーの監視がついた。食べようとするが飲み込めない。涙目で最後まで食べた。

 寝床は2段ベッドで、それも初めての経験だった。布団は固くて寝づらかった。
 しかも、シーツの畳み方というのが決まっていて、最終日にはそのようにきちんと畳んで、端と端が重なっていなければ、受け取ってもらえないのだった。

 朝は6時からラジオ体操である。子どもの頃から早起きの苦手な私にはそれも辛かった。ラジオ体操なんか、大阪でもできるわ。そう思ったが、山間の朝の空気の香りと気持ちよさだけはいいなと思った。

 そう、澄み切った山の空気。木々の緑の香り。夏の早朝の香り。
 最初の野営で憶えているのはその程度のことで、楽しくもなかった記憶がある。
 期待が大きすぎたのである。

 野営の思い出の輪郭がくっきりしてゆくのは、ガールスカウト ジュニアになった4年生からだろう。
 ジュニアになると、野営用の制服もあった。ブルーのシャツにネイビーのキュロット、ハイソックスといういで立ちは、昔のガールスカウトっぽくて私は嬉しかった。

 この頃になると、自分たちで飯盒炊爨もした。
 飯盒炊爨といえば、まずカレーライスである。
 今のように着火マンや固形燃料のようなものはなく、新聞紙にマッチで火をつけ、それを細かい木の枝や木の皮を裂いたものに燃え移らせ、太い薪へと火を安定させていく。

 このコツが比較的早く分かったのは私とヒダカさんという女の子だった。実はそれまで、ヒダカさんはちょっと近寄りづらいタイプであった。言葉が強くて、気の強い痩せ型の女子だった。
 でも何故か、2人で火を起こしていると、妙に気が合った。

「細かいのんから点けよう」

「うん。これ、持ってきたよ」

「オッケー」

 大抵の女子は火起こしよりも野菜を切ったり、米を研いだりする役割を好んでいた。が、ヒダカさんと私は何故か、火起こしに夢中になり、安定した火をキープすることにやりがいを感じていた。
 火が安定しなければ、全ての料理は作ることができないのである。
 そこを支えることは、見えないところで人の喜ぶことをする、というあの最初のブラウニーの気持ちにつながっているような気がした。
 ヒダカさんとそんな話をしたわけではなかったけれど。

 ただなんとなく、2人で火を見て、大きすぎれば水をかけ、小さくなれば木をくべて、と、一定の火にすることが楽しかった。
 新聞紙を入れすぎると煤ばかりになって目が痛くなり、涙が出る。だから紙は最小限にして、細かい木もなるべく少なくして太い薪へと火を移し、いかに安定させるかなのだ。

「火もりのモリとヒダカ」と私たちは呼ばれるようになった。
 良い火で炊いたご飯は美味しい。私たちのグループのご飯はとてもうまく炊けた。
 しかし、食べ終わった食器や飯盒は一粒でも米が残っていたらダメだと言われ、何度も洗い直しをさせられた。

 シーツといい、器といい、なんて厳しいところなんだとため息をついたが、今思えば、自然の中で事故なく人間を預かるのに、必要な規律だったのだろう。

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