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その16「中堂先生」
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  • その16「中堂先生」

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●男装のミチコ先生

 私は初代の「3年B組金八先生」の人たちと同期である。近藤真彦が金八先生に反抗し、杉田かおるが鶴見慎吾の子どもを孕ったあのクラスには特別な親近感を覚える。
 グレる、とか、不良になるという言葉が横行していた、昭和のひとときであった。

 小学校から中学校に上がるとき、親は地元中学校の荒れようを心配していた。
 すでに私が小学4年生の頃、10人ほどで白いツナギを着て屋上でタバコを吸う6年生グループが現れた。リーダー格は茶髪をリーゼントにし、黒いサングラスを斜めにかけていた。ダウンタウンブギウギバンドのコピーだったのである。
 そういう人たちが中3にいるところへ入っていく我が子を、親は案じた。
 しかも私は5年生の後期に児童会の役員をしていたり、陸奥A子の少女漫画に憧れてアイビールックを志していたものだから、ちょっと目立っていた。
 目立つコにはやきが入るという噂もあった。

 それで親は私を私立の女子校に入れようと6年生の時に思い立った。しかし、受験というものの手順を全く分かっていなかった。
 しかも通っていた小学校は大阪市の方針で、私が小3の時から通知表が「努力しました、努力しています、努力しましょう」の3段階表示になっていた。
 いったい、世の中一般の中で、どのくらい本当に勉強ができるのか、よく分からなかったのだった。
 母は20年以上前に自分が中学受験をするときに、近所にいる先生のところへ勉強を習いに行ったのを思い出した。
 それが、中堂ミチコ先生だった。
 なんでも中堂先生は大阪市では名門と言われている小学校に長いこと勤務していて、そこの子どもたちを灘中や金蘭千里といった進学校へどんどん合格させているという。
 早くに母親を亡くし、軍隊帰りの厳格な父親と2人暮らし。独身だという。

「中堂先生て、怖いん?」

 私が母に尋ねると、母は笑って言った。

「怖いことはあらへんけど、きちっと教えてくれはる。… 男みたいやけど、女やからな」

「え」

 私は母と二つ年下の弟と3人で、ゆるい坂道を登って、自宅から6分ほどのところにある中堂先生の自宅を訪ねた。

 細い勝手口のような玄関があって、奥に長い二階建ての古い家だった。
 ピンポンを鳴らすと、中からおじいさんが出てきた。本当に男みたいやなあ、と思ったら、それは本当に男で、ミチコ先生の父上であった。

「お電話で承って、まあ、そういうことはあまりしておらんのですが、ミチコさんも陽子さんのお子さんなんで特別にということで。弟さんも一緒に。弟さんは私が教えましょう」

 弟は飛び上がりそうな目をした。まさかここでついでに自分も勉強する羽目になるとは、思ってもみなかったのだ。

 そんな話を玄関でしていると「まあどうぞ」と、入ってすぐのところにある応接部屋に通された。
 あまり良くない香りがしていた。人工的な花の香りのルームスプレーに、猫とイヌの匂いが混じっているのである。絨毯にはそれらの毛があちこちにふわふわ落ちていた。
 家の中でペットを飼うのは、まだ珍しい時代だった。しかものそのそと現れたイヌは、お腹のところの毛が抜け落ちていて、白癬症のようだった。
 動物が得意でなく、勉強嫌いの弟はすでに泣きべそをかいていた。
 私はもっと動物が苦手だった。
 そうこうしているうちに、中堂先生が「ただいま」と、帰宅した。

「お子さん! そうか!」

 驚いた。中堂先生は、本当に男性のように髪を刈り上げ、白い開襟シャツにグレーのパンツスーツであった。化粧っけは全くなく、サンタクロースのおじいさんが若返ったような顔立ちで、頬と鼻のてっぺんが赤かった。今思えば、きっと日焼け止めも使わなかったのだろう。
 どさりとソファに座るなり、ハンカチで黒縁の丸めがねの下の顔をポケットからタオルを出して拭いた。

「お母さんね、今は受験ってえらいことになってるんですよ。昔とちゃいますのん。みんな土日はお弁当を二つ持って、塾へ行ってるんです。このあたりの小学校でいくら勉強できると言っても、到底、歯が立ちませんよ」

「はあ…」

「どこへ行きたいのん」

「神戸女学院…」

「それはとても無理や。今から頑張って、せいぜいお母さんが行ってはった聖母女学院くらいでしょう」

 私はミチコ先生に「最高水準問題集」という参考書をもらい、暗い夜道を、今度は3人で坂をくだった。

 毎日あんな服着てはんのか。ブラジャーもしてはらへんかった。… 私は、自分の進路よりも中堂先生のルックスが脳内をぐるぐる回っていた。

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