冬の食卓に欠かせないものと言ったら、今も昔も鍋だろう。
日本各地にいろんな鍋料理があり、そのまたそれぞれの家庭に、その家庭の鍋がある。
私が生まれて最初にであった鍋料理は、母方の祖父母の家で食べたすき焼きだった。
祖父母の家のすき焼きには3種類あった。
普通の牛肉のすき焼き。魚やイカを入れる魚すき。うどんと豆腐とお揚げさんだけを煮込む、豆腐のずくずく。
顔と顔を合わせて食べる鍋料理は、それだけで小さなイベントのようだった。
すき焼きは祖父が鍋奉行になる。
両端に丸い輪っかのついた丸い鉄鍋が恭しく運ばれてくる。それは子どもには触ってはいけないもののような気がした。限られた日のすき焼きにしか使われない道具。その真っ黒な様子も、他の鍋とは違う存在感を発していた。
そこへさとうと酒を入れ、煮立ったところで醤油を入れ、そこへ、肉を敷き詰める。
甘辛い香りが湯気とともに立ち上る。
大阪のすき焼きは割下を使わない。
それに大阪では牛肉を牛肉と呼ばず「にく」と呼ぶ。「にく」といえば牛肉のことなのだった。
「にく、しっかり食べや」
そう言いながら、祖父が生卵をといた小鉢の中へ、にくを落としてくれる。こんなに美味しいものがあるだろうかと思ったが、にくの量は限られており、鍋を囲む人数を見ながら、小さい私もすぐに糸こんにゃくや焼き豆腐、ねぎへと箸を移した。すき焼きは限られた日の贅沢だった。
それでもにくの旨み、甘辛い味のしみた糸こんにゃくや焼き豆腐も美味しかった。
誰かがにくばかり独り占めすることもなく、譲り合って食べたすき焼き。
湯気の向こうにある家族の顔は、またほんわかと優しく見えた。