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  • その25「鍋ありき」

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⚫︎焼肉の時代

 しかし、私の二つ下に弟が生まれ、その5つ下にまた一人弟が生まれ。祖父母の家でなく、我が家で食べるようになったすき焼きは、戦いの様相を呈していく。

「にく、こんだけしかないの」

 その言葉に両親はすき焼きを諦めたのかもしれない。父は焼肉の台を買った。外で食べてきたホルモン焼き屋さんのタレを思い起こし、自宅で再現した。父はそういうことが得意な人で、おそらく店の人にしつこく中身を聞いたのだろう。

「りんごをすりおろして入れるんや」

 父は自慢げに言った。確かに、そのタレはほんのり甘い香りがして、美味しかった。

 ロース、ハラミからツラミ、レバーといったホルモン系のものまで、千林商店街には専門店があり、それらを1キロ以上買ってきては、彼らは恐ろしく食べた。
 私と母は見ているだけでお腹いっぱいになった。
 そのうち、隣に住んでいた母の妹夫婦の一人娘も参戦するようになった。彼女はすぐに扁桃腺からの発熱をしていたので「にくを食わせて丈夫にしよう」と、父は思ったらしい。
 彼女は嬉しげに食べた。みんなでわいわい食べる、というのが楽しかったに違いない。
 わいわい食べれば、満腹中枢が麻痺する。弟たちも競い合って食べた。
 もうもうと立ち上る煙は、鍋の湯気とはまた違う。
 鍋の湯気は穏やかさがあるけれど、焼肉の煙は猛々しい。
 子どもたちが汗をかきながら、野生児のような顔つきでにくにかぶりつくのを、父は嬉しそうに見ていた。

「どや、うまいか」

「うん、うまい!」

「美味しい!」

 日頃、父親とはあまり喋らない弟たちの反応に、父はうん、うん、と頷いていた。
 … まるでこれこそが自分の役割であるかのように。
 戦後、食べることに困った世代の父にとって、子どもたちにお腹いっぱい肉を食べさせられるということが、一つの達成感だったのかもしれない。
 親になったこと。しっかり食べさせられていること。家族が一つに集まっていること。
 今は独立してそれぞれ生きる子どもたちはあの頃の父より歳を重ねた。
 でももうすぐ88歳になろうという父の中には、あの煙の中の私たちのままなのかもしれない。

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