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  • その26「ガールズ・バンド」

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●アメリカ村がアメリカだった

 ギターのゆうことドラムスのみわとキーボードのわこちゃんは英文科。シンセサイザーのてけは音楽部作曲科ベースのまあことボーカルの私が総合文化学科だった。
 バンド名は「紫美亜」に憧れて「歇私的利亜(ひすてりあ)」とした。ゆうこが森鴎外の小説から引いてきたのだった。
 私たちは衣装を手作りしたり、バンドのビジュアル作りには余念がなかった。が、その分、練習は疎かだった。
 それは瞬く間に先輩たちにバレた。

「最初はいいと思ったんだけど、成長が見られない」

 そんな感想を突きつけられた。
 それでもビジュアル重視で「踊れる音楽」を選曲していた私たちのバンドは、外からのウケは良かった。男子しかいない大学の学祭や、日本赤十字語学奉仕団のダンス・パーティーや、オリエンタルホテルのセラーバーなど、いろんなところに呼ばれた。
 部室のスタジオはなかなか埋まっているし、先輩に説教されそうなので、私たちの練習はよく街のスタジオを使った。
 なかでも好きだったのが、アメリカ村のアンクルサムスタジオだった。最上階のスタジオでは、マーキー谷口がミニFMを飛ばしていた。
 マリーンが白髪になったようなおばさんが仕切っていて、とても優しかった。
 当時はガールズ・バンドの全盛期でもあった。東京ではプリンセス・プリンセスが勢いを増し始めていて、大阪ではラブ・ポーションというバンドが人気だった。
 あるとき、私たちの隣のスタジオにラブ・ポーションが入っていて、扉越しに耳をくっつけた。

「…ちょっと聴いてみ」

 みわが耳をくっつけた。

「…ん〜、まあまあやな」

「こんなもんやろ」

 みわと私は「ちょっと負けているかも」という思いを心のポケットに隠して、苦笑いした。一時が万事、私たちはちょっと生意気だった。

 スタジオ練習が終わると、アメリカ村でランチをしたり、バイトがないメンバーどうしで徘徊したりした。
 大阪の1983~4年のアメリカ村は本当に生き生きしていた。
 アメリカに行ったことはないけれど、アメリカの香りがした。
 色とりどりのモヘアのカーディガンやアロハシャツを売る、洒落た古着屋さん。
 天井に扇風機みたいな羽が回っている、洋モクの香りのするカフェバー。
 三角公園のベンチで愛を語る若者たち。
 ペンキで描かれた壁のグラフィティ。
 ハンバーグセットのキャベツにかかった、サウザンド・ドレッシング。
 永遠に続くように思えた時空は、あっという間に切り取られてそこに浮かんでいることとなる。

●自分らしい道へ

 英文科のメンバーは、皆、宿題の多さをぼやいていた。いや、それはやるべきことなのだけれど、時間がない、と、焦っていた。

「3年になるとさ、やること倍になるらしいねん。部活、もう無理やわ」

 私も2年生の夏から、タレント事務所にアナウンサーの勉強に通い始めていた。時々、番組のオーディションがあったり、イベントの司会を振ってもらうことがあり、そちらに本腰を入れようと思い始めていた。
 道が分かれていく寂しさがあったが、どうしようもないことでもあった。
 ドラムスのみわが言った。

「私、スチュワーデスになるねん」

 長身で痩せていて、いつも細いピタピタのジーンズを履いているみわが、スチュワーデスの制服を着ているところは想像するだけでカッコよかった。
 一方でセンシティブなところがあり、すぐおなかを壊すみわが、その仕事の人間関係と激務に耐えらるのだろうかとも思った。
 しかし、彼女は強い意志をもっていた。

「大丈夫。絶対になるから」

 そして、彼女は見事、その試験に合格した。

 みんながそれぞれにぴったりの道を選んでいく。
 きっとみんな、自分を失わず。
 なんの根拠もないのに、私はそれを確信していた。
 自分の未来も何も決まっていなかったのに。
 それくらい「歇私的利亜」というバンドは、不思議な存在感をもっていた。
 まるで目に見えない、香りをまとっているのと同じように。

 卒後後、みわは国際線のスチュワーデスになり、ゆうことまあことわこちゃんは一流企業に勤め、てけは音楽で身を立て、私は就職に失敗して放送タレントとアルバイトを続けていたのだった。
 焦ったり、絶望したりしながら、それでもみんなのように確固とした自分にならなければという思いが私にはあった。同時に、みんなが思う道を行っているのだから、きっと自分も道を外れているわけではないのかもしれない、と、励まされた。
 彼女たちが教えてくれたことは、横に並び、自分の目指す場所へと声をかけながら歩いていく、軽やかで確かな友情だった。


https://www.facebook.com/aya.mori1

Photo by Ari Hatsuzawa
Hair&make Junko Kishi
Styling Hitomi Ito

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