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  • その27「L’Air du Temps 〜時の流れ」

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●この世の終わりくらいに思えた救急車事件

 秋頃になると、だんだんと、私も放送局の人に会わせてもらえるようになった。
 アナウンスはもともと放送部にいたり、朗読が好きだったりしたせいか、少しはマシだった。

「綾はせっかくお嬢さん大学にいるんだから、ミスキャンパスDJを受けたいわよね」

 そう言って、毎日放送のヤングタウンのプロデューサーの渡邊一雄さんにまず会わせてもらえることになった。
 しかし、渡邊さんといえば、番組で明石家さんまさんや紳助さんや三枝さんが「おおなべさんが言うてはった」「おおなべさんさんに怒られる」と、さんざん口に出している名物プロデューサーだった。
 きっと、おおなべさんに気に入られなかったら、私はもうラジオには絶対に出られない。そのくらいの印象があった。
 テレビ以上の数字を稼ぐラジオだった時代だから、作り手も喋り手も本当に真剣勝負だった。
 作り手… プロデューサーやディレクターは、出演するタレントたちの良さをどう引き出せるか、それがどうしたらリスナーに愛されるものになるのか、必死だった。
 だから良子さんも、ラジオの話をするときはその熱さになった。
 それを120%受けて、今すぐ卵から孵ろうとする私は、全神経を集中させて話を聞いた。
 どうしよう。気に入られなかったらどうしよう。
 やがて、今日、毎日放送で初めておおなべさんに会う日、緊張が頂点に達した私は、電車の中で急性腸炎を起こして倒れた。
 痛くて起き上がれず、意識も朦朧として、駅員さんが救急車を呼んだ。
 救急車に乗せられるとき、隊員の人が「妊娠してませんか」と聞いた。子宮外妊娠だったら、死ぬ恐れがあるからだというのは後で知った。
 彼氏とも別れたのにと首を振り、救急車に乗って思った。

 ああ、もうこれでラジオには出られないんだなあ。
 せっかく、良子さんが話をもっていってくれたのに、私って最悪な弟子だなあ。
 だいたい、タレントの売り込みにもレコード会社の売り込みにも、そうそう時間を割くことはないだろう人が会ってくださるはずだったのである。
 この世の終わりくらいに、私は落ち込んでいた。

 ところがなんと、おおなべさんはもう一度チャンスをくださったのであった。
 今度こそ、と、私は目一杯おしゃれをして、毎日放送へ乗り込んだ。

「ああ、救急車に乗った子か」

 良子さんと一緒に他の人たちにも挨拶すると、もはや私の救急車事件は知れ渡っていて、笑いい話になっていた。
 それほど、佐藤良子という人が、彼らに愛されていたのである。
 肝心のおおなべさんは、質問らしい質問をしない人だった。ずっと良子さんと話していた。途中で、Iさんというディレクターがいらして「ミスキャンはすっごいたくさん来るからねえ」と、「あなたはオーディションに受かるのは無理よ、申し訳ない」という顔でおっしゃった。
 それでもまた私は「おおなべさんに会えてよかった」と、うきうきして帰った。

●オーディションという謎

 オーディションは何度も受けた。落ちるたびに「何がダメだったのか」を良子さんと話し合った。
 ミスキャンパスDJに落ちたときは、私以上にショックな顔してくれたのは良子さんだった。

「どんな子が受かったの」

 根掘り葉掘り聴かれた。局の人にも電話していた。
 結局「大手の事務所から1人ずつ」とか、「髪の長い子で揃えたかった」「綾は落ち着きすぎ。もっとキャピキャピしてた方がよかった」「ま、次点ということで」というような情報を得て、私たちは仕方なく納得した。

「まあでも、MBSナウに映ったということは、ニュースのスタッフは、あなたが受かると思ったのかもしれないね」

 そんな慰めももらった。確かに夕方のニュースが取材に来ていて、私が自己アピールでしゃべる姿がテレビに出ていたらしい。

「ちゃんと喋れるから、そっちを目指した方がいいのかもね」

「… がんばります」

 それが最大のオーディションのつもりだったが、それからもオーディションはいくつもあり、受かったり落ちたりした。
 最初のうちは落ちるたびにメソメソ泣いていた私も、やがてわかってきた。
 オーディションというのは、自分を全否定しているわけではないのだ。
 ある企画があって、その企画に合う人を探しているのだ、と。
 一緒に働きたい人を探しているのだ、と。

 私が毎日放送とラジオ関西で、レギュラー番組を持つことになったのはそこから半年経った秋のことだった。
 良子さんは喜んで、両方ともの番組の初回にわざわざ立ち会ってくれた。
 立ち会ってくれるのは嬉しいけど、また私は緊張しまくった。
 この人のようにはなれない。だけど、私が私であることを最大限発揮すればいいのかもしれない。
 そうやってだんだん、強くなった。
 もうひとつ、わかったことがあった。
 チャンスというのは、わかりやすく「チャンス」と書いてある場合だけではないのだと。
 ここかもしれない、と、岩を叩き続ければ、そこからダイヤモンドが出てくるような、そんなチャンスも、確かにあるのだと。


https://www.facebook.com/aya.mori1

Photo by Ari Hatsuzawa
Hair&make Junko Kishi
Styling Hitomi Ito

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