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  • その31「ユーミンの50年」

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●リアルなユーミンの電流と、一語一会

 実際のユーミンと、二度私は会うことができた。
 一度目は、FM802の開局の日だった。当時のディスコ・ガールのように、ワンレンの黒髪に、黒縁の眼鏡をかけたユーミンは、スレンダーでスタイリッシュなオトナの女性だった。
 思えば大学時代から放送局に出入りしていたり、新聞社に出入りしていたりした私は、その時点でかなりたくさんの著名なアーティストに会ってはいた。だがユーミンを見た時、何かもう浮き立つものがあった。編集総務のめぐちゃんと、ずっとユーミンを目で追い続け、挙げ句の果てに、スタジオの外からぴょんぴょん飛び跳ねてブースを見つめた。
 すると、ブースの中から、明らかに飛び跳ねる私たちを見つけたユーミンがその長い腕を大きく振って、応えてくれたのである。

「きゃあああ」

 めぐちゃんと私は抱き合って喜んだ。

「ユーミンが手を振ってくれた!」

 開局までの深夜に及ぶ残業や、上司からのさまざまな命令や、いろんなストレスが吹っ飛んでいった。
 オーラ、という言葉はあまり好きではないが、彼女には何か発している電流のようなものが纏っていた。それが放送に注入されると、電波がきらきらするのだと思った。
 彼女自らのDJで、ラジオ局が舞台になった『Valentine Radio』が流れた時、私はここに骨を埋めようと思ったものだった。
 しかし、その後、私は上京して、フリーライターとなった。
 音楽誌やFM誌のインタビューと、日経エンタテインメントで放送のことを書くのと。そんなことから始めたけれど、最初から思うような記事が書けたわけではなかった。FM局で働く前に新聞で記事を書いたことはあったものの、雑誌というのはまた全てが違う。取材の仕方も違うし、書き方に及んでは、雑誌の種類によってまるで違った。
 一つ一つのスタイルやルールを覚えるのに必死だった。

「いつかユーミンみたいな人にインタビューできるんだろうか」

 私はぼんやりと考えていた。でも音楽誌をいくらやっても、それは無理だとわかった。音楽ライター界の大先輩方がいらして、そういう決まった人たちがユーミンや桑田佳祐さんのことを書いているのである。多分その人たちは一生書き続けるだろうから、そこに割り込むことはできないのだ。
 悶々としていたライターを始めて2年目の頃。私は以前務めていたFM局のプレスパーティーに呼んでもらった。そこで初めて出会った女性誌の編集者がFさんだった。
 名刺には、non・no編集部、と会った。
 Fさんは毎日のようにコンサートやライブに行ってらっしゃるようで、記事もたくさん執筆されていた。
 non・noは、編集部の中でファッションとヒューマンの部門に分かれていて、Fさんはヒューマンの担当だった。
 私はとにかく学生時代からタレントをしていた経験から、この人は仕事をくれるかもしれないという人にはこう言うことにしていた。

「遊びに行っていいですか」

 本当は遊びに行くのではなく、これまで書いたものを持って売り込みに行くのである。Fさんは「どうぞ」とニコニコ笑っておられた。
 これがきっかけで、non・noで仕事をすることになり、そのまま、その版元との30年続いているご縁ができた。
 FさんがCOSMOPOLITANに異動になった時、そのままついて行った。そちらのインタビューはすべて署名記事だった。
 巻頭インタビューを何本もやらせてもらい、松田聖子さんや、黒木瞳さん、山下久美子さん、Keikoさんら、人生の節目の話を書かせてもらった。
 あるとき「ユーミンに会ってみる?」とFさんが言った。それまでユーミンはFさんがずっと書いていた。

「いいんですか」
「うん。4ページ。よろしくお願いします」

 来るところへ来たなあ、と思った。いよいよユーミンに会えるのである。今のようにいろんな事前準備の情報をインターネットでとれる時代ではない。大宅文庫というところへ行って、それまでの記事をコピーしてもらうのである。
 それをもらってきて、読めば読むほど、私で大丈夫なんだろうかと思えてきた。何か、自分が彼女の歌と共に生きてきた人生を試されているような気がした。

「こんにちは。ライターの森綾と申します。よろしくお願いします」

 緊張とともにユーミンの前に座って、カセット録音機を置いた。

「よろしくお願いします」

 私の緊張が伝染してしまったかのように、彼女の最初の表情は硬かった。
 一語一語、慎重に選びながら、お話しされる。
 こちらもまた一語一語、質問の言葉をつなぐ。
 しかしある時点から、会話の歯車が回り始めた気がした。彼女はリラックスして話し始めた。
それでもやはり、言葉を的確に選ぼうとされているのがわかった。
 その緊張感。それが彼女の周りを線でなぞるように発しているあの電流なのだった。
 一期一会ならぬ、一語一会。
 私たち伝え手はそれくらいの思いをもって言葉を発するべきだ。
 ひょっとしたらこの人生で彼女と出会えた意味は、そこなのかもしれない。
 ユーミンは今年デビュー50周年だ。
 50年前の歌も今の歌も、彼女の歌は同じ電流をもって、私たちを痺れさせる。


https://www.facebook.com/aya.mori1

Photo by Ari Hatsuzawa
Hair&make Junko Kishi
Styling Hitomi Ito

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