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  • その31「ユーミンの50年」

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⚫︎魔法にかかる人とかからない人

 高校3年生の夏は『PEARL PIERCE』が出た。ユーミンがパールピアスというのだから、本当にパールピアスが流行った。私たちはもちろん、校則もあって耳に穴を開けたりはできない。
 しかもピアスが流行ったからか、ショートカットが流行った。ANAのキャンペーンガールの尾関由起子さんがショートカットでビキニを着たのが斬新に映ったのもあった。
 当時、受験勉強をしながらも隣の男子校の同級生と付き合っていた私はそのポスターの前で「君も髪を切ったら」と言われ、本当に切ってしまった。
 「まさか本気にするとは思わなかった」と言われて、ショックだった。
 彼はフュージョンバンドを組んでいてベーシストだった。カシオペアと、高中正義と、ユーミンをレンタルレコードで一緒に聴いた。あるいはカセットテープで。
 『PEARL PIERCE』は、どの曲も海辺の香りがした。フュージョンが世界的に流行っていて、ウエストコーストサウンドのようなアレンジがなされていたからかもしれない。
 そのなかの『DANG DANG』という歌がせつなかった。だんだんと、ダンダンと恋が終わっていく歌だった。狭いこの街で顔を合わせ、かわす微笑みに胸を痛める。私は自分の恋も同じように終わるのではないかと想像した。そして本当にそんな風に終わったのだが。

 ユーミンの作る歌の歌詞は強くて、芯をくっていた。いまだにそのアルバムを聴くと、そのときの自分の気持ちが蘇ってくる。
 誰しも、彼女の歌のそんな魔法にかかり続けているのかもしれない。
 その魔法は、ディズニーランドという魔法にかかるかかからないか、というのに似ている。
 永遠の子どもの心をもって、ディズニーランドを心底楽しめる大人と、そうでない大人がいるように、ユーミンも永遠の思春期を持ち続けている人にはタイムスリップする時間をくれるが、そうでない人もいるわけである。

⚫︎社会現象となった「シンデレラエキスプレス」

 初めてユーミンのコンサートへ行ったのは、大学3年生のときだった。
 その時の彼氏はひとまわり年上の放送局員だった。だから前から10番目という席で見ることができた。その年に発売された『DA・DI ・DA』を、忠実に再現した銀色のステージは、左右に階段があって、オープニングは『BABYLON』からの『愛はもうはじまらない』だった気がする。
 その時の興奮は筆舌に尽くし難い。ゴージャスなセット、何度も変わる衣装。ダンサーまでがユーミンのようないでたちで踊る憎らしいほどかわいい演出。
 最初の10分は、いやほとんどもう、夢の中にいるような気持ちだった。

「『水の中のアジア』はもっとすごかったよ』

 そう言われて、私はそれを見ることができた全員を嫉妬した。それは伊集院静さん演出の伝説のコンサートだった。
「これから毎年観ます!もう一生!」

 そう言ったものの、そこから毎年行ったのは10年くらいだろうか。
 私は27歳で3歳年上の編集者と結婚した。
 当時、JR東海は「シンデレラエキスプレス」というキャンペーンの真っ最中。なんのことはない、東京駅からの最終が21時20分にまで延長されたというだけのことなのだけれど、キャンペーンソングとなったユーミンの『シンデレラエキスプレス』は、「遠距離恋愛」ブームを巻き起こした。
 バブル経済真っ最中だった。21時20分前のホームには、本当に新幹線1両ごとにカップルがいたものだった。発車のベルが鳴り、名残を惜しむハグやキスから、腕を払い、乗り込む恋人たちの影、影、影。
 ブームに乗った私は、ひょっとしたらあのシチュエーションと歌に愛情を3割増しくらいしてたんじゃないだろうか。
 仕事と生活に追われ始めると、ユーミンはどんどん遠いものになっていった。
 だんだんと私も魔法にかかれなくなってしまったのだ。なんというか、夫がいて家族になって、という状況でユーミンを聴くのは、どこか後ろめたい気がした。3歳年上の夫も、ユーミン世代だったから、お互いに「この曲で誰を思い出しているんだろう」と思うのが居心地が悪かった。
 時折、カーステから「私を許さないで〜」と『青春のリグレット』が流れてくると、夫の横顔が遠く見えることがあった。そして訥々と、過去の失恋などを話し出したりするのは、ちょっと興味深かったが。
 やはり、恋とユーミンはワンセットだったのかもしれない。
 そういえば、離婚してからはまた、ユーミンを聴くことが増えた。

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