「土に帰る」という言葉がある。
生き物は有機物で、人間も死ねば朽ちて土壌の一部になれるというわけである。
しかし都会の暮らしをしていたら、それを目の当たりにすることはない。死んだ体は焼かれ、骨だけになって、埋葬される。
ただ地方にはまだ、土葬という風習のあるところもあるらしい。中学生の頃、奈良の山奥に故郷があるというタケムラさんは「うちの田舎は子どもが生まれた時に、その子が老いて死に、埋葬される時のための山の中の土地を確保するのだと話してくれた。
「もう私の墓穴があんねん。大人になった体の大きさの」
それはちょっと衝撃的な告白だった。私は透き通るように色が白くて美人の彼女が、しわくちゃのおばあちゃんになってそこに葬られる姿を想像した。
思わず、変なことを言ってしまった。
「怖くない?」
それは一体、何に対する「怖くない?」だったのか。
死ぬことに対する恐怖なのか。そこに葬られる恐怖なのか。はたまた、そこに人を葬るのを見る恐怖なのか。
その時、彼女がケラケラ笑ったのも、また意外な反応だった。
「怖くないよ。みんなそこにいるから」
死んだ家族がみんなそこに眠っている。確かにそれは、ひどく安心なことなのかもしれないと思った。しかしもう一つ、疑問が湧いた。
「結婚したら他所の人になるよね? そうしたら、そこへは入らないの」
彼女は、今度はふふん、と笑った。
「でも、そこに入るんちゃうかな」
私はすごいことを聞いてしまった気がして、それ以上、質問をやめた。
彼女はそんなにも自分の家に対して誇りを持っているのだ。家族が入る墓穴は絶対なのだ。
目を閉じると、山間の緑の道を、白い着物を着た人たちが棺桶を抱えて葬送する景色が浮かんだ。