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  • その35「土を味わう」

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●芋掘りと父の畑語り

 土から生まれ、土に帰る死までを、短い時間に見せてくれるのが植物だろう。
 幼稚園の年長組だったか、小学1年生だったか。秋に、初めて芋掘りへ行った時のことを憶えている。
 京阪電車で「交野(かたの)」という駅まで行った。その年齢の子どもにとっては、まさに遠足だった。乗り物に弱い私は、若干、気持ちが悪くなっていた。
 駅からさらに、芋畑まで歩いた。
 空気が良かったのだろうか。見渡すばかり畑ばかりになる頃には、気分も良くなっていた。
 芋の畝はそこここに並んで、強い茎から青あおした葉っぱが出ている。
 土をさわる。初めてだった。その土は、公園の砂のようなサラサラした感触ではなく、しっとりとしていて、黒い。そして爪の間にも、指の関節のしわにもへばりつくような感じだった。

 農家のおじさんが、芋を抜くのをやって見せてくれる。

「こうやって、引っ張りますよー」

 おそらく、子どもでも引っ張れるように、少しもう先に引っ張ってあったように思う。茎を束ねて引っ張ると、ゴロゴロと蔓についたさつま芋が現れた。

「わああああ」

 いくつも、いくつも、蔓についている。その嬉しさ。何か物凄い得をしたような、心の底が浮き立つような嬉しさがあった。それはデパートでリカちゃんの服を買ってもらう時とは違う、生まれる前から知っているような嬉しさだった。

 誰かの引っ張った蔓がなかなか抜けず、先生と一緒に引っ張ったら、ものすごく大きな芋が出てきた。子どもの顔くらいあった。それもまた何か、他人事なのにえらく嬉しかった。

「すごいすごい」

 私は感動した。土の中で、あんなに芋が育つなんて。
 芋を持って帰ると、親も喜んでくれた。小さいのは蒸し器でふかして食べ、大きめのは天ぷらになった。

「なんや芋か」

 夕食で、父親が言った。

「あやが芋掘り行ってきたんやで」

 母が言うと、父はどこか嬉しそうだった。

「戦時中は食べ物がなくて、この蔓を食うたんや」
 そう言った。

「芋を作ったん」

 私が尋ねると、父は戦中戦後に祖父母と畑をした話をしてくれた。

「畑、したな。茄子やらきゅうりやら。菜っぱも作った。ようできた。できたら、そればっかり食うんや。いやっちゅうほど、そればっかりや」

 そればっかりや、という時の父の顔が、嬉しそうだった。そればっかりでも、お腹いっぱい食べることができたからだろうか。
 それとも。家族でクタクタになって土を耕した記憶は、父の中では楽しい部類の思い出であったのだろうか。

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