水上勉さんのエッセイ『土を喰らう日々』(文化出版局)をもとに映画化された『土を喰らう十二ヶ月』を観た。
『土を喰らう日々』は、私も20年間お世話になった『ミセス』という雑誌で連載されていて、この映画はツトム先生とその編集者の純粋な恋心もストーリーとして描かれている。
ツトムを演じるのは沢田研二さん。長野の山に住むツトムのもとへ通う編集者・真知子役は松たか子さんである。
誰かがFacebookで「絵的に2人の恋愛には違和感がある」といったことを書いていたけれど、私はありうる話に見えた。山の中の四季折々の精進料理はたまらなく美味しそうで、自然の移り変わりには心が震え、ここにしかない幸せが漂っていたからだ。
冒頭のシーンで、ツトムが土の塊を水で洗う。なかから現れるのは、立派な里芋だ。
それを皮つきのまま、囲炉裏で焼き、熱い熱いと口をホクホクさせながら、真知子が言う。
「いい香り。土の香りね」
まさに、水で洗っても落ちきらない土の香りというのがあると思う。そして「水が合わない」という言葉があるように、土にも人との相性があるかもしれない。
おそらく、真知子はこの土地の土にも心酔したのだろう。
2人はひたすらご飯を食べる。並んで、美味しい、美味しいと興奮して食べるシーンは、ある意味、人間の本能を確かめ合うラブシーンだ。
二十四節期にしたがって移ろう暮らしを追ううちに、自然の厳しさも人が生きていくという厳しさも伝わってくる。どう生きていくのが、自然に沿うのかということも。
季節は、生死の繰り返しである。土がそれを教えてくれる。
それでもツトムは「死ぬのは嫌だ。死ぬのは怖い」と口にする。それもまた、人間の本当の気持ちだろう。
人が去っても、自然の生死は繰り返す。その静かで揺るぎない力が、映像から伝わってくる。
私たち人間は、結局、そこに生かされているだけなのかもしれない。
東京・五反田に「ヌキテパ」というフレンチレストランがある。そこにはまさに「土を食べる」コースがある。
あるとき、そこで食事をする機会をいただいた。
これがおかしな話だった。2007年頃のことだ。あるCSテレビで、私は台湾政府観光局提供の『感動的最前線台湾の旅』のリポーターをしたことがあった。それはそのテレビの枠を買い切って、台湾のスタッフが独自に作った番組だった。ほぼ無名に等しいライターの私は「旅行作家」という誇大広告的な紹介をされていて、しかもリポートも素人に毛が生えたようなものだった。
それをたまたま観たそのテレビ局の社長のKさんが「一体どういう経緯でこんな番組ができたのか」を、私に取材したいと思われたのだった。
怒られるのかもしれない。いや、私のせいじゃないし。複雑な思いで、レストランへ行くと、紳士然りとした穏やかな表情の社長がいらした。
「どういうわけで、あの番組はできたのかな」
私はもとチャイナ・エアラインの広報だったMさんから来た話であること。台湾へ行ったら、現地のスタッフしかいないくて、朝の6時半に起きてメイクしたら夜11まで撮影が延々と続いたことなどを面白おかしく語った。いや、決して面白おかしいだけの話ではなく、時に生命の危機を感じることさえあったのだが、だからこそ、面白おかしく語る必要がある気がしたのだった。
「それはご苦労でしたね」
Kさんはびっくりしたり笑ったりしながら聴いてくださった。結局、お互いに共通の知り合いも多く、特に『マルイチ』という私のエッセイで、フランスの離婚事情について語ってくれたドラ・トーザンさんともそれぞれ交友があるとわかって一気に打ち解けた。
一軒家のそのレストランの雰囲気も食事も見事なもので、初めてあうひとどうしでも打ち解ける雰囲気があったと言える。
とにかく落ち着きがあり、サービスに気負いがなかった。
料理は、近海の新鮮な魚介がとりわけ美味で、魚介の味を生かすために、味付けも和に近い、優しく滋味深いものだった。
その日は普通のおまかせのコースだったようだが「最後に多分食べたことがないものが出てきますからね」とおっしゃった。
「本日のデザートです」
シェフが恭しく運んできてくれたそれは、薄い茶色をしたアイスクリームだった。
「どうぞ召し上がって。さて、なんでしょう」
ひと匙、口に入れたが、滑らかで、どこかで嗅いだような懐かしい香りがして、香ばしさもあった。
「ほうじ茶ですか」
社長もシェフも笑って首を振っておられた。
「なんだろう。わかりません」
降参すると、シェフがニコニコして説明してくださった。
「土なんです。うちは土を食べさせる店なんですよ」
「えーっ」
芋の皮にほのかに香る土も良いが、この店の土は洗練されていた。
土っぽい、というのは粗野という意味で使われる表現だけれど、この店の土は細やかでなめらかな、まさに洗練、だったのであった。
土を食べさせるというのは、そこによっぽどの注意が必要だと想像する。お腹を壊さない、むしろ体にいい土を、育てているのだろう。
惠みの土。豊穣の土。そこに帰るまでに一所懸命、生きねば、とまた思うのである。
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Photo by Ari Hatsuzawa
Hair&make Junko Kishi
Styling Hitomi Ito