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  • その35「土を味わう」

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●映画『土を喰らう十二ヶ月』を観た

 水上勉さんのエッセイ『土を喰らう日々』(文化出版局)をもとに映画化された『土を喰らう十二ヶ月』を観た。
 『土を喰らう日々』は、私も20年間お世話になった『ミセス』という雑誌で連載されていて、この映画はツトム先生とその編集者の純粋な恋心もストーリーとして描かれている。
 ツトムを演じるのは沢田研二さん。長野の山に住むツトムのもとへ通う編集者・真知子役は松たか子さんである。
 誰かがFacebookで「絵的に2人の恋愛には違和感がある」といったことを書いていたけれど、私はありうる話に見えた。山の中の四季折々の精進料理はたまらなく美味しそうで、自然の移り変わりには心が震え、ここにしかない幸せが漂っていたからだ。
 冒頭のシーンで、ツトムが土の塊を水で洗う。なかから現れるのは、立派な里芋だ。
 それを皮つきのまま、囲炉裏で焼き、熱い熱いと口をホクホクさせながら、真知子が言う。

「いい香り。土の香りね」

 まさに、水で洗っても落ちきらない土の香りというのがあると思う。そして「水が合わない」という言葉があるように、土にも人との相性があるかもしれない。
 おそらく、真知子はこの土地の土にも心酔したのだろう。
 2人はひたすらご飯を食べる。並んで、美味しい、美味しいと興奮して食べるシーンは、ある意味、人間の本能を確かめ合うラブシーンだ。

 二十四節期にしたがって移ろう暮らしを追ううちに、自然の厳しさも人が生きていくという厳しさも伝わってくる。どう生きていくのが、自然に沿うのかということも。
 季節は、生死の繰り返しである。土がそれを教えてくれる。
 それでもツトムは「死ぬのは嫌だ。死ぬのは怖い」と口にする。それもまた、人間の本当の気持ちだろう。

 人が去っても、自然の生死は繰り返す。その静かで揺るぎない力が、映像から伝わってくる。
 私たち人間は、結局、そこに生かされているだけなのかもしれない。

●土にこだわる料理

 東京・五反田に「ヌキテパ」というフレンチレストランがある。そこにはまさに「土を食べる」コースがある。
 あるとき、そこで食事をする機会をいただいた。
 これがおかしな話だった。2007年頃のことだ。あるCSテレビで、私は台湾政府観光局提供の『感動的最前線台湾の旅』のリポーターをしたことがあった。それはそのテレビの枠を買い切って、台湾のスタッフが独自に作った番組だった。ほぼ無名に等しいライターの私は「旅行作家」という誇大広告的な紹介をされていて、しかもリポートも素人に毛が生えたようなものだった。
 それをたまたま観たそのテレビ局の社長のKさんが「一体どういう経緯でこんな番組ができたのか」を、私に取材したいと思われたのだった。
 怒られるのかもしれない。いや、私のせいじゃないし。複雑な思いで、レストランへ行くと、紳士然りとした穏やかな表情の社長がいらした。

「どういうわけで、あの番組はできたのかな」

 私はもとチャイナ・エアラインの広報だったMさんから来た話であること。台湾へ行ったら、現地のスタッフしかいないくて、朝の6時半に起きてメイクしたら夜11まで撮影が延々と続いたことなどを面白おかしく語った。いや、決して面白おかしいだけの話ではなく、時に生命の危機を感じることさえあったのだが、だからこそ、面白おかしく語る必要がある気がしたのだった。

「それはご苦労でしたね」

 Kさんはびっくりしたり笑ったりしながら聴いてくださった。結局、お互いに共通の知り合いも多く、特に『マルイチ』という私のエッセイで、フランスの離婚事情について語ってくれたドラ・トーザンさんともそれぞれ交友があるとわかって一気に打ち解けた。
 一軒家のそのレストランの雰囲気も食事も見事なもので、初めてあうひとどうしでも打ち解ける雰囲気があったと言える。
 とにかく落ち着きがあり、サービスに気負いがなかった。
 料理は、近海の新鮮な魚介がとりわけ美味で、魚介の味を生かすために、味付けも和に近い、優しく滋味深いものだった。
 その日は普通のおまかせのコースだったようだが「最後に多分食べたことがないものが出てきますからね」とおっしゃった。

「本日のデザートです」

 シェフが恭しく運んできてくれたそれは、薄い茶色をしたアイスクリームだった。

「どうぞ召し上がって。さて、なんでしょう」

 ひと匙、口に入れたが、滑らかで、どこかで嗅いだような懐かしい香りがして、香ばしさもあった。

「ほうじ茶ですか」

 社長もシェフも笑って首を振っておられた。

「なんだろう。わかりません」

 降参すると、シェフがニコニコして説明してくださった。

「土なんです。うちは土を食べさせる店なんですよ」

「えーっ」

 芋の皮にほのかに香る土も良いが、この店の土は洗練されていた。
 土っぽい、というのは粗野という意味で使われる表現だけれど、この店の土は細やかでなめらかな、まさに洗練、だったのであった。

 土を食べさせるというのは、そこによっぽどの注意が必要だと想像する。お腹を壊さない、むしろ体にいい土を、育てているのだろう。
 惠みの土。豊穣の土。そこに帰るまでに一所懸命、生きねば、とまた思うのである。


https://www.facebook.com/aya.mori1

Photo by Ari Hatsuzawa
Hair&make Junko Kishi
Styling Hitomi Ito

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