《1》
夜中の青山のカフェで飲んでいたとき、ベルリンに行こう、と言いだしたのはえんちゃんだった。
「いよいよゲイパレードにでも出るの?」
エリコが顎を突き出して言うと、えんちゃんはぴしゃりと言った。
「違うの。元カレに会いたいの!」
「えっ、元カレ、ドイツ人なんだ」
「そうよ。キスの邪魔になるくらい、鼻が高かったわ…」
「…はあ」
えんちゃんの名字が「園田」だったか「園山」だったか、1年も友達でいるのに、エリコは時々忘れる。
彼は短髪で中肉中背。清潔感があってなかなかいい男だ。いつもイタリア風のシャツとスーツ。夏場は薄いブルーのスーツに白いTシャツで、麻のポケットチーフ、素足にベージュのヌバックのローファーなんていうスタイルで、メンズ・ファッション誌のスナップに載った。
コンサルタントをしていて、ピアノがうまくて、哲学に詳しくて、半蔵門の広いマンションに、今は一人で住んでいる、エリートなゲイだ。
エリコは彼とどこで知り合ったのか、もう忘れてしまった。たぶん丸の内の外人が集うバーで、お客の友達の友達だった気がする。
出会ったとき、エリコは同じ銀行に勤める彼氏と別れたばかりで、それを言うと、えんちゃんは大声で笑った。
「週に1回会うか会わないかだった? あんた、それ、付き合ってなかったのよ」
「そんなことないわ。うち、忙しいのよ。外資だから。向こうから早朝連絡が来るから、8時前には席にいないといけないし、夜だって接待だらけだし」
「ばかねえ」
えんちゃんは可哀想なものを見る目でエリコを見た。
「大好きだったら一緒に住むわよ」
「…」
「他にもいたのよ。別れたのも、そういうことでしょう」
「…」
エリコが図星すぎて何も言えないでいると、えんちゃんは冷たい横顔でシャンパンをひと口飲んだ。
「ずばずば言ってごめんね。でも早くわかってよかったじゃない。… あんた美人だからまだまだ次がいるわよ。ちょっと顎が尖ってるけど。…でも美人ってね、だいたい孤独ね。だいたい残念なのよね」
それから二人はよく飲むようになった。えんちゃんとエリコが一緒にいると美男美女のカップルに見えた。