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今かぐわしき人々 第129回
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    第129回:稲垣潤一さん(シンガー)

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 心にすっとしみ込むような伸びやかな歌声が今も変わらない稲垣潤一さん。ラブソングを歌い続け、デビューから40周年。デビュー当時に楽曲を提供した作家の方々もそれぞれが今もヒットメーカーとして活躍中です。3月30日にリリースされる企画アルバム『稲垣潤一 meets 林哲司』も、今や世界で注目されるシティポップの名手、林さんの曲ばかりを集めたアルバム。ますます注目の集まる稲垣さんに、言葉を歌で輝かせる秘密をうかがいました。

《1》コンサートでトークも大事にし始めた理由

 『雨のリグレット』で稲垣潤一さんがデビューされたのは1982年。3枚目のシングル『ドラマティック・レイン』では、ドラムを叩きながら歌うという斬新な姿が多くの人の心を捉えました。

「叩き語り、というスタイルですね。今もそれは守っています。絶滅危惧種ですが(笑)。ドラムを叩きながら、歌もうたいたかったんです。ドラムは中3で始めて、バンドを結成していました。プロとしては、地元の仙台で高校を卒業して、まずハコバンの世界に入ったんですね。その店の専属のバンドになるわけです。当時はまだ仙台にも40軒から50軒ぐらい、そういう店がありました。その後、一旦は上京して、米軍キャンプやディスコを回ったりしていましたが、そのうちまた仙台のスコッチバンクという店に戻って、3年ほどいたのかな。最初は歌うことは少なかったんですが、歌うようになって、デビューの話がきました」

 東京にいる時ではなく、仙台の店でスカウトされた稲垣さん。そういえば当時は、福岡などでもチェッカーズが見出されたり、レコード会社の人たちは全国に足を運んで、優秀なアーティストを発掘していた時代でした。
 そしておそらく、ドラム以上に稲垣さんの歌に、感じ入るものがあったのでしょう。
 デビューシングルから注目され、ヒットを続けていく稲垣さんは、そんなに時間がかかることなくコンサート会場を満員にするシンガーになっていきました。
 私事ながら、80年代の終わりから90年頃にかけて、筆者も大学時代に大阪のフェスティバルホールで、何度かコンサートを見ました。
 当時はほとんどトークがなく、疲れもなく淡々と歌われていました。

「1回のコンサートで24~5曲歌っていたかな。当時はトークはあまり得意じゃなかったので、曲に全精力を注ごうと思っていたんです。けれども、ある時期から必要だなと思うようになった。それは、ステージから意外とお客さんの顔が見えるんですが、みなさん、緊張されているんですね。だからちょっと喋ったり、笑わせたりすることで、肩の力を抜いていただけることに気づいたんです。これはやはり、ちょっと喋った方がいいんだな、と。最近は喋っていますよ」

 数年前に拝見したコンサートでは、稲垣さんの楽しいトークに、場内があたたかいムードに。
40年、歌声は変わらないけれど、変化したのはその部分かもしれません。

稲垣潤一さん

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