マリンバという、メロディー、和音も弾ける鍵盤打楽器のプロ奏者として活躍中のSINSKEさん。ベルギーで学び、パリやドイツにも暮らし、そのヨーロッパの香りをまとって繰り出される音はエレガントでエネルギッシュ。懐かしい香りの話、今年の活動についてお伺いします。
ベルギーの2つの王立音楽院で学び、首席で卒業したSINSKEさん。
桐朋学園大学在学中にマリンバのソロ演奏を聴き、打楽器奏者ではなく「マリンビスト」としての道を築きたい、と心機一転、奨学生としてアントワープ王立音楽院へ留学を決めました。そのとき21歳。彼はあえてマリンバ科のない音楽学校を選んだのだそうです。
「マリンバは、19世紀後半の後期ロマン派以降にできた比較的新しい楽器なんです。ですので、僕が渡欧した当時はマリンバの専科がない音楽学校も多かった。僕の留学生活は、まずマリンバのない学校に、マリンバそのものを認めてもらうところから始まりました。学校にマリンバは1台もなかったので、自分のマリンバを校長室の近くの階段の踊り場に持ち込んで、早朝から夜中まで弾き続けましたね。」
校長室の至近でマリンバ熱に取りつかれたように日夜練習する日本から来た青年に、ついに学校側も根負け。ようやく、学校予算でマリンバを買ってもらえることに。
「それが23、4歳の頃。学校には今はマリンバ科ができてるんですよ」
その端正なルックスと穏やかな人柄、順風満帆に見える彼からは想像できない、ひと並み外れた努力があったのです。
それから、ベルギーに滞在しつつ、フランスのパリとストラスブールにも積極的に指導を求めて行き来する日々。そんな彼がベルギー滞在時に思い出す香りがあると言います。
「街中にフリトゥール・ショップがあって、フリトゥール、つまりフレンチフライドポテトの香りがするんですよね。フレンチフライドポテトはフランス発祥だと思われていますが、実はベルギー発祥なのです。それにマヨネーズとケチャップとタバスコを混ぜた『サムライ・ソース』というのをかけて食べたりする。もともと僕はポテトが嫌いでした。でも毎日、どかんと盛られているポテトを見ていると、怖いもので、4〜5ヶ月でビックサイズまで食べられるようになっていました(笑)。おかげで、3年の滞在中に、美味しいベルギービールとポテトで5キロ太ってしまいました。人間は食べれば食べただけ太るんだなあと身をもって知りました。フリトゥールは日本にも上陸したことがありましたが、残念ながら半年くらいでカナダスタイルのフライドポテトのお店に名前を変えていましたね(笑)」
おそらく彼にとってそのポテトの香りは、厳しく楽器に向かいながらも現地の人々と打ち解け、わかりあっていった過程を思い出す香りなのでしょう。
現在は日本在住で、ワールドツアーも含め、年間40本以上のコンサートをこなす日々。当然、楽器とともに旅に出ているわけですが、より良いルーティーンを保つために、持ち歩いているものがあります。
「旅のときは、モルトン・ブラウンのボディウォッシュを必ずもっていきます。それが僕の日常の香りですね。家では、ハンドウォッシュはモルトン・ブラウンと無香料で洗浄力の強いものの2種類を置いていて、どちらかを選んで使っています。ごはんを食べるときは、ごはんの香りを大事にしたいので、あまり香りがしないほうがいいですものね。」
グルメでワイン好きでも知られるSINSKEさん。旅先にはレモンオリーブオイルと好きな七味も持ち歩いているそう。
「お弁当などで、最後にもう一味!と思ったとき、パンが美味しくなかったときなどに、こっそり使います。」
そんな素のままでいい匂いがしそうな彼が香水まで使うときは、特別に気合を入れたいとき。
「最近は、シャネルのアリュール・オムか、夏はロー・ドゥ・イッセイが多いですが、今欲しいのはクリードのアヴェントスです。つけないときはまったくつけないのですが、ここで自分の気持ちを上げたい、と思うときに、オードトワレに手が伸びますね。」
香りにこだわるのは、人の香りが誰かに必ずなんらかの印象を与えていることを実感しているから。
「香りは記憶と一緒にあるでしょう。誰かのことを香りで覚えていることもある。その人がいなくても、その香りがしたら『あれ? いたのかな』と思ったり。最近、自分の香りはどれくらいどんな印象を人に与えているのかなと考えます。人によって好き嫌いもあるので難しいですけれど。40代になって、落ち着きやダンディズムを感じさせられるようになりたいと思うようになりました。」