身近で簡単に香りを楽しむことができるものの一つに、日本茶があります。特に煎茶は食中、食後、お菓子と一緒にと、日常にあるもの。しかし最近はペットボトルで済ませてしまう人も多いようでもったいない限りです。日本茶インストラクターで『おいしいお茶の秘密』(SBI出版)の著書がある三木雄貴秀さんに、今更聞きづらい日本茶の基本と香りの立つおいしい淹れ方を教えてもらいました。
もともとは航空自衛隊に所属していたという三木雄貴秀さんは、配属される場所でお茶に出会うことが多く、自然とお茶に親しんでいったのだそうです。
「防衛大学校2年生の時に陸海空に分かれるのですが、航空自衛隊に配属されることになりました。最初は奈良の法華寺にある幹部候補生の学校に5ヶ月いるのですが、その後に決まった赴任地が三重県にある笠取山というところでした。その後、レーダーの自動化システムを建設する部隊に選抜されて、府中へ。その後、入間基地からシステムの教育のために浜松基地へ移動したとき、アフター5に茶道部を選んだのが、お茶の道に入るきっかけでしたね。その後、福岡に転勤になり、日本茶インストラクターの人に出会い、その人に『そんなにお茶のこと知っているなら三木さんも資格を取ったら』と勧められました。次の転勤はまた浜松で、福岡も浜松もお茶所だったのですよ」
三木さんは2012年に日本茶インストラクターの資格を取得。お茶の飲み方を広めるワークショップなどを友人たちと催してきました。
退官後は、表千家教授として茶道も教えつつ、2019年第13回全国玉露のうまい淹れ方コンテスト(藤枝)で優勝しました。
「玉露と言われるものを、なかなか家でしょっちゅう飲むわけにはいかないですが、煎茶もいろいろ種類がありますから、美味しく淹れて楽しんでいただきたいですね。玉露はアミノ酸が豊富で、出汁のような味がします。アミノ酸のうち50%がテアニン、他はグルタミン酸ナトリウム、セリン、アルギニンです。苦味はカフェイン、渋みはカテキンという成分。最近、カテキンを補強した飲料も出ていますが、飲み過ぎには注意ですよ」。
煎茶には蒸し方によって普通蒸し、深蒸し、浅蒸しと分類されます。
今回は静岡の川根茶の浅蒸し、福岡の八女茶の深蒸しで比べてみました。
「深く蒸したものは一煎目から濃く緑色が出ます。浅蒸しは山吹色です。写真で見てもきっとわかりますね」
色だけではなく、味わいも違います。どちらが好きなのかは、コーヒーの深煎りと浅煎りのどちらが好きかというのと同じくらい、人それぞれ。
「浅蒸しの方が茶葉の緑色は濃く、淹れると苦味も旨み、甘味もあります。でも何煎も淹れるなら、浅蒸しの方がいいでしょう。どこの茶葉かという個性もわかりやすく、特徴が出ます。一方、深蒸しはどこの産地かわかりづらくなります。一煎目で味が全部出てしまう。二煎目以降は、さっぱりしてしまいます。でも一般的に見て、関東の人は深蒸しが好きですね」
なぜ深く蒸すと、緑色が濃くなるのでしょう。
「深く蒸すことで葉が柔らかくなり、その後、揉むことで細胞が壊れやすく、緑の色素であるクロロフィルが出やすくなるのです」
淹れ方は、まずカルキを飛ばすために水道水を沸騰させます。そのお湯で急須を温め、お茶碗も温めます。お茶碗のお湯を70度くらいにします。そのお湯を急須に淹れてお茶を淹れます。
深蒸しと浅蒸し、使い分けてみるのもいいですね。
他方で、最近は和紅茶というのも見かけます。
「紅茶は茶葉を発酵させたものです。茶畑に行くと、刈り落とした茶葉が太陽の光を浴びて茶色くなり、紅茶の香りがすることがありますよ。最近は、国内での紅茶作りも盛んになりました。また烏龍茶は紅茶の緑茶の間くらいまで発酵させたもの。発酵の度合いで、やはり味や香りが違ってくるのが面白いですね。私の知人で、台湾で発酵茶作りを3年修行し、日本で台湾茶を作っている人がいます。人気のある『東方美人』は深い発酵、『文山包種』は浅い発酵をさせているんですね」。
風が冷たくなってくると、温かいお茶が恋しくなります。熱さだけではなく、その香りも心身をあたためてくれるように感じます。
ではお茶の香りとは、いったいどのようなものなのでしょう。
「熱を加えるといろんな香りが立ってきますね。お茶の香りの成分は100近くあると思います。それが全部香りかどうかはまた淹れ方や環境によりますが。例えばほうじ茶の香ばしい香りはピラジンと言います。ほうじ方で香りが変わってくるんです。茶葉を揉んでいる最中に出てくる香りは花のような香りのゲラニオールやリナロール。『静7132』というお茶はクマリンという成分が桜餅のような香りを出します。きっと調香師さんの方がその辺りは詳しいと思います」
ひと言でお茶の香りと言っても、そんなに種類があったとは。またほうじ茶や番茶にもカフェインは残っているそうです。
「ほうじ茶の火入れは約178度で数十秒から数分焙じるので、カフェインはまだ昇華できず、いっぱい残っています」
また農薬を気にする人には、新茶がおすすめだとか。
「新茶と呼ばれる一番茶は4月中旬から5月中旬に摘まれた葉。二番茶はそこから50日間のもの。三番茶は夏とれたもの。ということは、虫の発生しない時期の摘むのは新茶だけなんですね。なので、安心して飲めます。乾かした茶葉を触ると、新茶は濃い緑色で油があって手がつるつるしますから、わかるんですよ」。
夏場は冷たい緑茶や麦茶が美味しいですが、冬はどんなお茶がおすすめなのでしょうか。
「緑茶は体を冷やすと言われています。だから、夏に飲むのは理にかなっています。お茶は夏にとれますから、それを夏に飲む。冬になったらほうじ茶、紅茶、烏龍茶が体を温めます。とはいえ、あったかい緑茶も飲みたくなりますよね」
好みの急須とお茶碗で、ゆっくりお茶を淹れて楽しむ。まずは香りを、そして味を。それは私たち日本人が日々大事にしてきた文化です。お茶を淹れて人と語り合う。お茶を淹れて一人の時間を安らぐ。そんな当たり前を丁寧に、もう一度見直してみてはいかがでしょう。
『おいしいお茶の秘密』
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photo by Yumi Saito
http://www.yumisaitophoto.com/
Text by Aya Mori