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楽器ケースはタイムカプセルのようなもの。開けば、あの頃の香りがよみがえって
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  • 楽器ケースはタイムカプセルのようなもの。
    開けば、あの頃の香りがよみがえって

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 子育てをしながらオーケストラの一員になる。楽器の音が合わさる香りに魅せられたママたちが集まってやさしい音楽を奏でる「横浜マザーズオーケストラ」。11月4日に開催されるコンサートに向け、練習に気合の入る彼女たちを訪ねました。

子どもを育む人だからこそのやさしい育みの音色がある

 やっと涼しくなった9月の日曜の午前。「ママだけでやっているオーケストラがある」という話を伺い、取材に伺ったのは横浜市内の某公共施設の一室。ぎっしりといろんな楽器を演奏していらっしゃる方々は総勢24人。この日はクラリネット奏者の高井洋子先生が指導に来られていました。
 オーボエ担当の方は背中に生後8ヶ月という赤ちゃんが。時々泣いていて、泣くたびに立ち上がり、屈伸してあやしながら弾いています。そのうち赤ちゃんはすやすや寝てしまいました。小学4年生の男子を連れて来られていた方もいます。

「はい、この曲はちょっとゆっくりやってみましょうか」

「この曲はリズムを変えてみましょう。カホンの方、どんなリズムができそうですか」

 指導者の言葉に少しずつ音色やハーモニーが変わっていきます。

「この曲はフルートのお二人のソロからやりましょう。立ち上がってみたらどうかしら」

 曲をより華やかにする演出も加わりました。みなさん、一生懸命、そして楽しげに演奏しています。
 練習の終盤、2016年、10周年を記念して創設者の井関晶子さんが作曲された『横浜マザーズオーケストラテーマ曲』を演奏する頃には、すっかり心が一つになったと感じられるハーモニーに。高井先生は「日頃、お子さんを育んでおられる皆さんならではの、何かを育むやさしい音色に感動しました」と、少し涙ぐんでおられました。

横浜マザーズオーケストラ ママさんたちの練習風景

闘いのような子育ての日常と、譜面だけをぎゅっと追う自分だけの時間と

 何人かのメンバーにここに来られたいきさつを伺いました。
 2011年から参加しているという広報の小濱路恵さんは、ビオラ担当。このオーケストラのホームページやSNSの管理をしています。

「みんなで和気藹々とできる雰囲気が楽しくて。練習のときは、連れてきた子どもを誰かが代わりにあやしてくれたり、私は端っこで授乳していたこともあります。子育ての話もできるし、先輩ママの話も聞けるのがありがたい。受験の情報などをLINEでやり取りしたりもしています」

 音楽は趣味で、ずっとオーケストラに憧れていたという西村紘子さんは、チェロ担当。11歳と6歳の双子の子供がいます。

「最初はフルートを習っていて、高校からチェロに変えたんです。大学は経営学部だったので、音楽とは関係なく、ずっと玄関に置いてあって、モヤモヤしていました。ずっとオーケストラに憧れていたので、ここを知って入りました。日常の子育ては闘い。でもここでは子ども不在の状況で音楽に集中できます。譜面を追うので、ぎゅっとそこしか考えない。違う自分になることができて、また日常に戻ると行き詰まっていたことに違う気持ちで向き合えるんです。最近は11歳の娘が『楽器をやっているママ、かっこいい』と言ってくれるので、それはすごく救いですね」

 久しぶりに手に取る楽器。今夏から参加したピアノの島津礼花さんは、ずっとピアノをやっていましたが、音大には行かず、一度は離れていました。

「3年前にピアノを再開し、個人でコンクールにチャレンジしたりしていたんですが、出産を経て、また遠ざかり。子どもは1歳7ヶ月になりました。ここならまた再開できるなと思いました。今日のように先生がいらして指導していただくと、学生時代に吹奏楽でレクチャーをしてもらっていた頃のことを思い出します。その頃は何か教えてもらってもあまり入って来なかったのに、今の方がずっと『そういうことか』とわかるし、ありがたいと思えますね。ピアノって、鍵盤の蓋を開けるとふわっと木の香りがするんです。それが本当にまた弾いているんだなという実感をくれると同時に、出産してもまたこうしてピアノを弾くことができるという幸せを感じさせてくれます」

 赤ちゃんができても絶対に楽器を辞めたくないと、出産前から問い合わせたという人もいました。コントラバスの永仮真由さんは、出産してまだ3ヶ月。

「広島に住んでいて、4月までは広島の市民オーケストラに在籍していました。8ヶ月まで本番の演奏をしていたんですよ。夫の転勤で9月に神奈川に住むことになりました。引っ越す前から「横浜、オケ、子連れ」と検索したら、ここがヒットして。子どもも音楽と一緒に育てたいなと思っているんです」

 濱口理恵子さんは、フルート担当。このオーケストラで再び楽器を手にしたとき、こんな気持ちになったそうです。

「音楽をまた始める気持ちが、子どもに絵本を開いたときの本の香りに似ているなと思いました。何か物語が始まる気持ち。何か物語が始まる香りに似ているな、と」。

横浜マザーズオーケストラ ママさんたちの練習風景

ママも自分の時間をもっていい。目指すのはみんなのハートフル

 ママたちに新しい物語の香りを味わわせてくれる横浜マザーズオーケストラ。
 創設した井関晶子さんは、今は滋賀県に暮らしています。当時は、やはりワンオペの育児に疲れ果てていたのだそうです。

「育児の疲労とストレスから視神経炎になり、片目が見えなくなって入院しました。まだ7ヶ月の息子と離れる悲しさと心配のなかで、自分の人生を振り返りました。私は何者にもなっていないし、できるときにできることをしなくてはと。ずっと弾いていたバイオリンを弾きたいし、こんな大変な思いをしている世のママたちと音楽がやれないかと」

 井関さんはご主人と結婚する前に路上演奏を経験したことがありました。それもご主人に勧められてのことだったのだそうです。

「それでmixiで募集してみたら、同じ思いのママたちが集まってきました。楽器ケースはタイムカプセルのようなもの。ケースを閉じた瞬間の空気がそのまま閉じ込められています。楽器ケースを開け、楽器を手にしたとき、私の場合は結婚前に路上演奏をしていた秋の山下公園の草木や空気の香りが蘇ってきたんです。その時に出会った方達のことを思い出し、また楽器が弾きたい、みんなで奏でようと強く思いました」

 それから18年。今、横浜マザーズオーケストラの代表は、井関さんと同じくバイオリン奏者の松尾陽身さんに受け継がれています。
 松尾さんもやはり子育てに苦労して疲れ果てた経験のある人でした。

「悩んだり、自信がなかったり、いっぱいいっぱいの日々を過ごしたとき、1歳児検診の保健師さんとの面談で泣いてしまったんです。そうしたら保健師さんが『あなたは充分頑張ってますよ。自分の時間をつくった方がいいですよ』と優しく声をかけてくださったんです。それで、mixiを検索したら井関さんがアップしていた横浜マザーズオーケストラが上がってきたんですね。これからつくろうというときだったので、一緒に創設しました」

 コンセプトは「お母さんたちに勇気と自由と元気を与える」こと。

「目指しているのはハートフルな演奏会です。自分の時間をつくってもいいんだよ、と。飛び込むのは誰でも勇気がいります。全力投球で子育てをしているから、別のことをやるのは罪悪感がある。特に初めてのママってそうでしょう。でももちろん子連れで来てもいいし、自分だけを追い詰めることはないんです」

 子どもの泣き声も、音楽の一部。そのくらいのやさしさがこのオーケストラにはあふれています。

「11月4日にはコンサートも開催します。それも、もちろん、0歳児もおじいちゃんおばあちゃんも一緒に聴いてもらえるように。赤ちゃんは泣いちゃいますよ。初めての音だし、知らない人がいっぱいいるし。それで、客席も真っ暗な照明にはしないんです。でも『泣いちゃった、連れて来なきゃよかった』という気持ちでママを帰らせたくない。それでいいし、出入り自由だし」

 演奏会の後のアンケートには、いつも「私も何かやってみようかな」という感想があったりするそうです。少し半信半疑だった家族も、演奏会で理解してくれるケースもきっと多いことでしょう。
 楽器を演奏する、それを聴くという記憶は、香りと同じくらい、心に刻まれていくものなのです。

横浜マザーズオーケストラ

●横浜マザーズオーケストラ公式サイト
https://yokohama-mamaoke.jimdofree.com/


photo by Yumi Saito
http://www.yumisaitophoto.com/
Text by Aya Mori

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