主に舞台の俳優として活躍していた茅野イサムさんは、人気アイドルたちの舞台、そしてスターへの登竜門となっている2.5次元ミュージカルを演出するように。大人気のミュージカル『刀剣乱舞』は、歌も芝居も殺陣や舞も本格的に楽しめ、舞台の醍醐味が詰まっています。
こんな舞台を作り上げる、茅野さんという人はどういう人なのでしょう。
今年の”ミュージカル『刀剣乱舞』 祝玖寿 乱舞音曲祭”は、歌唱を中心としたステージ。サンドーム福井での初日も客席は満杯。ステージ場に現れる20人以上のキャラクターにはそれぞれファンがいるようで、一人ずつが挨拶する度に思い入れのある歓声が上がります。俳優陣は歌のうまさもさることながら、劇、殺陣、舞にも気合が入っています。
「僕らのベースは演劇ですから、普段は劇場で公演をしています。ですが年に一度、今回のようなお祭りを開催していて、全国のアリーナを回っています。こんな大きな会場いっぱいに詰めかけてくださって、本当にありがたいです。ですから、来ていただいたお客さんにはできる限り楽しんでいただきたいと、毎回色々な趣向を凝らしています。客席降りもその一つです。ステージから遠く離れたお客さんの近くにも行ってあげたい、という気持ちなんです。出演者は歌って踊るだけでなく殺陣もやり、会場の隅々まで走り回ります。本当に大変なことを彼らに要求していているのですが、文句ひとつ言わずに楽しんでやってくれるうちのメンバーを、いつも誇らしい気持ちで見ています」
茅野さんは2.5次元ミュージカルだけでなく、これまでモーニング娘。、AKB48、D-BOYSといった若いこれからの人たちの舞台を手がけてきました。そこから本格的な役者の道に進んだ人たちも多数。ただ、2.5次元ミュージカルだからこそ叶う演劇の面白さがあると言います。
「アニメやゲームなど、原作…つまり、もともとのコンテンツのキャラクターに力があるので、それを魅力的に演じられる人をオーディションで選ぶんです。役者が有名であることに頼る必要はないんですね。
それと、アニメなどに登場する人物の年齢設定は大抵、かなり若いですよね。中学生とか、高校生とか。だから、当然配役するキャストも若い方になるし、フレッシュさが必要とされることが多い。まだそんなにキャリアのない人がオーディションを受けに来てくれるので、逆にいうと、そこから原石を見つけることができる面白さがあるんです」
一人ずつのキャラクターが個性的でしなやかに動く。この舞台の面白さは、茅野さんが一人一人の個性をどう生かすかを細かく演出されているからかもしれません。
「宝塚歌劇も歌舞伎も長い時間をかけて出来上がっていった様式美がありますよね。どちらも、現実社会では出会えないような男性像・女性像を魅せてくれる。幻想の具現化というのかな、とても素晴らしいですし、見習いたいところです。一方で僕が目指しているのは、ひとつの「型」を極めることではなく、役柄や作品によって表現方法を変えられる演技術なんです。ここから出ていく人たちが、どんな芝居にもアジャストできる、活躍できる俳優になってほしい。どんなにショーアップしても、その根底にあるのは、板の上に生きている俳優のリアリティだと思うんです。時代劇には時代劇のリアリティがあるし、現代劇や西洋ミュージカルにもそれぞれの作品が求めているリアリティがある。つまりリアリティというのは一つではないんですね」
芝居ができること。つまり、演技力。そのためには質も量も半端ないレッスンが行われています。
「台詞だけでなく、歌やダンスの表現にもリアリティを持たせる。それは途方もなく大変なことです。でも、僕らのカンパニーに入ってくれた人たちはみんなその必要性をわかってくれていて、常に向上心を持って己を磨いている。そしてその役者たちが稽古場や舞台上でぶつかり合い、鎬を削ることで、自然とまたカンパニー自体の力も上がっていく。さらに、この現場で力をつけた彼らが様々な舞台でも必要とされ、存分に力を発揮して演劇界に貢献している。とても良い循環が生まれていると思うんです」
ミュージカル『刀剣乱舞』は、そこからさまざまな演劇を見るきっかけになる大きな扉になっているということでしょう。
「実は日本ほど多様な演劇がある国はないんですよ。帝劇や日生劇場のような華やかなミュージカルにも行っていただきたいけれど、古典芸能や小劇場にもぜひ足を運んでもらいたいですね」。