人気ジャズボーカリスト、綾戸智恵さんをはじめとするコラボレートや、異色のユニット「キムサク」、また自らのトリオでのパフォーマンス、ソロ活動、若手ミュージシャンの育成など、ひとことではくくれない音楽を繰り広げるジャズピアニスト、中村真さん。現在は音楽活動のほか、無農薬を志して農業もされています。まさに生きることすべてが表現のような中村さんと、これからのアートの形を考えます。
2015年頃、中村真さんのワークショップに参加したことがあります。
彼の活動に協賛するピアノのある邸宅に集まった20人ほどの若いジャズ・ミュージシャンたちは、ジャズの即興演奏について中村さんの講義を聴いていました。
「全てのジャンルごとに共通の言語のようなルールのようなものがある。ジャズは比較的自由な音楽だけれど、その中の言語を知らないと対話をすることが出来ません。たとえばご飯を食べるということを伝えるとしたら、日本人ならば茶碗を持って箸でご飯を食べるジェスチャーをする人が大半でしょうが、フランス人ならナイフとフォークで、アメリカ人ならばハンバーガーを食べる仕草をするかもしれない。そういった、異なる仕草をすることから自らの出自の違いを垣間見ることが出来るのが、即興の面白さの一つ。いわば異文化コミュニケーションです。即興にはルールはありませんが、これがないと出来ないということがある。それは、何かを伝達したいという意志のない者には出来ないということです」
実際に楽器の前に立つと、
「一番ダメなことは、相手のアドリブを繰り返すこと」
といった具体的なアドバイスも飛び出します。ああそういう演奏を聴いたことがある、やったことがあると、ドキドキした空気が伝わってきました。
こういったワークショップを、中村さんは10数年前から開催しています。
「ワークショップに来てくれたのは、のべ300~400人になると思います。プロのミュージシャンは、本番のためにはリハーサルをやりますが、純粋な学びやクリエイティビティを高めるために集まって演奏したりすることはないでしょう。アーティスト・イン・レジデンスと言って、アーティスト滞在型の音楽活動というのは、役者のためには倉本聰さんが、ダンサーのためには田中泯さんがやったりしています。ただミュージシャンがやるのは割と珍しいかもしれません。最初は、今一緒にやっているプレイヤーがいなくなったときに、思い描いている音楽を一緒に作れないのは困るから若いミュージシャンを育てよう、という利己的な目的もあったんですが(笑)」
そのワークショップは、ビジネスではなく、ほとんど場所代だけのような形でした。たくさんの若いミュージシャンがそこを訪れ、中村さんと出会って何かを得たのでしょうから、それは利己的なことではないはずです。