10代から俳優として活躍し、50代となった現在はガラスデザイナーとしても個展を開くなど、多才に人生を謳歌している川上麻衣子さん。輝き続ける大きな黒目がちの瞳は、今、何を見つめているのでしょうか。普段着の川上さんは、和の気配も保ちつつ、生まれ育った北欧の香りをまとった洒落た女性です。
和の装いも似合う顔立ちの川上麻衣子さんですが、この日はモノトーンのいでたちに、北欧のデザイナーの大ぶりのアクセサリーをさらりと着けこなして颯爽と登場しました。
ご両親の仕事の関係でスウェーデンと日本を行き来した暮らしをしてきたというのが頷ける雰囲気があります。
「両親がデザインの仕事をしていて、二人が憧れて行ったのがスウェーデンでした。ですから私はそこで生まれ、すぐに日本に帰国しましたが、母の仕事についていく形で小学3年生から4年生までの1年間を過ごした場所です。その後、10代の頃はフランスやイタリアだったらよかったのに、などと思いましたが、今はしみじみ、スウェーデンでよかったと思いますし、その影響は自分にしみ込んでいると思いますね」
北欧は、夏は白夜、冬は極夜。
「夏はずっと日が沈まず明るく、冬は朝の10時ぐらいに日が昇って午後1時には夕暮れ、2時には夜になってしまうんです。11月になるとみんな暗くなって、5〜6月にははじけるんですよ。今もストックホルムに家があって、そういう1日だから、気持ちを変えるためにも、日本にいるよりよくお香を使います。柑橘系を使うことが多いかな。向こうの人たちはアジア的な雰囲気が好きなので、お香は人気です」
川上さんが好きな香りも、そのスウェーデンでの暮らしがルーツにあるようです。
「変わった匂いが好きなんです。アスファルトの上や、工事現場に雨が降る時の匂いとか、向こうにいるときに深い地下鉄を利用していたからでしょうか」
ストックホルムは『魔女の宅急便』の背景のイメージに使われるほど美しい街並み。母親が仕事をしている間はずっとスウェーデン人の家庭に預けられ、その家にすっかり馴染んでいたそう。
「それで、あっという間に日本語を忘れてしまったんです。今、カセットテープで聴くと、生意気な話し方でスウェーデン語を話しています。これでは今度は日本に馴染めないかもと、本来は2年の滞在をはやめて1年で日本へ戻りました。そこで日本の生活と再び出会うこととなりました」
しかし、日本語が不自然な日本人となってしまった彼女は、苦心することになりました。スウェーデンの生活にすっかり馴染み日本に戻ってきて、日本の小学校へ編入するのは、どんなに大変なことだったでしょう。
「向こうでは、子どもたちに自分の意見をもつことを教育しますからね。子ども扱いしないんです。『先生、今の説明ではわかりません』と子どもから言うことができる。自立させようとするんです。でも日本は言われたことをきちんとやりなさい、という教育ですよね。そこがまた大きく違いました」
言葉の壁だけではなく、川上さんはその考え方の大きな違いに戸惑ったのでした。