コウケンテツさんのお母様は、今も活躍されている韓国料理研究家の李映林さん。コウさんも李さんのアシスタントをする形で、20数年前、料理の世界に入りました。
「それまで何十種類の、いろんなアルバイトをしたりしていました。まさか料理の仕事をやるとは思わなかった。最初は『オレンジページ』という雑誌で、男性が家族や大切な人のために家庭料理を作るというリレー連載に、大抜擢していただきました。
現場の編集者たちの要求に柔軟に対応していくコウさんに、たくさんの雑誌から依頼が舞い込むようになっていきます。
なかでもNHK-BS『アジア食紀行』で、海外の各地のおうちごはんを巡る旅は印象に残るところ。
その体験の一部と再現した料理レシピが、著書『アジアの台所に立つとすべてがゆるされる気がした』に綴られています。
どの場所も、都会的な場所ではありません。
「テレビの収録はいつも大変です。極限状態なことも多々あって。でもね、目の前で起こる全てのことが楽し過ぎて、結局、行ってよかったな、と心から思えるんですよ。一期一会の本当に尊い出会い、貴重な経験がぎゅっと詰まった旅ですから」
印象に残る光景はいくつもあるようですが、どこか一つ、美しい場所の話を伺いましょう。
「カンボジアにトンレサップ湖という湖があります。ここでは、およそ100万人もの人々が水上で暮らしているんです。学校の校庭も湖。手漕ぎのボートで集団登校しますから、一人ずつピックアップします。なんと水上に畑もあって、作物が水耕栽培されているんです。僕たちはクルーと小さな村の村長さんの家にホームステイしました。夜中に起こされて、体力的に余裕があれば出かけますか、と聞かれました。大丈夫ですよ、と眠い目を擦りながらボートに乗って。するとね、ものすごくきれいな月が出ていて、それが湖面に映っているんです。それを見たとき、本当に来てよかったと思いました。あれは忘れられない光景ですね」
その幻想のように美しい光景の場所で、昼にはこんな現実が。
「その湖で食用のワニを養殖している。で、排水汚水はすべてまた湖へ。『君たちのためにミネラルウォーターを用意しているよ』と言ってくれるのですが、サラダはワニの養殖のそばの湖で洗っていたり。ああ、今、生きているなあと実感しました(笑)」。