トンレサップでは湖で育ったハーブをたっぷり使った小海老のサラダを。
ベトナムのロンアンでは、紫山芋のすり流しにノコギリコリアンダーをトッピングしたスープを。
トルコのトラブゾンでは、トマトの発酵調味料が香る魚料理を。…
どの料理も、思い出すのは香りだとコウさんは言います。
「食べ物が『美味しい』と感じるほとんどは、嗅覚で感じているんです。僕はとにかく料理の香りにはこだわります。肉が焼けるタイミングや、野菜に火が通るタイミング、すべて香りで判断しているような気がします。にんじんのナムルなんかも、炒めると甘い香りがしてきます。その甘味は生では出てこないものです。子どもたちも、最初にそういう美味しさと出会えるかどうかで、その食べ物が好きになるか嫌いになるか、違ってくるかもしれませんね」
香りでいうと、トルコはとても面白い場所だったそうです。
「ギリシャ、ローマ、モンゴル。トルコは中央アジアの交差点なんですよね。スパイスやハーブがあちらこちらから集まっていて、ここはアジア?ヨーロッパ?と、香りが入り乱れる。それが面白いんですよ」。
韓国の済州島で食べた「モン」という海藻は、コウさんの子どもの頃の記憶を呼び覚ましました。
「日本語でホンダワラという海藻なんですが、済州島のそれは弾けるような食感と独特の磯の香りが強いんです。現地でそのモンと、黒豚を合わせた『モンクッ』というスープを食べたときに、DNAが呼び覚まされたような感覚がありました。僕の祖母は済州島の人でした。でも僕はずっと大阪に育ったので、関西人の感覚で生きてきてたんですね。子どもの頃、確か母の姉が『モンクッ』を作ってくれたことがあって、香りが独特すぎると感じた思い出もありました。でもその香りで一気に自分のルーツが蘇ってきたんです」
済州島のその店は、おばあさんが一人でやっていたそうです。
「済州島は『風と女性が強い』ところと言われるそうです。『食べるの?食べないの?どっち』と言われて、食べます、と(笑)。モンクッは、豚で出汁を取ってモンを入れてある。味付けは最小限にしてあって、自分好みにキムチを入れたりするんです。そういうふうに食べる人が味を調節するというのも、当たり前にやっていたことで。子どもの頃、家の冷蔵庫には母が作ったナムルが何種類も用意されていて、子どもの僕は『なんで冷たい野菜ばっかり食べなあかんのかな』と思っていたんですが、忙しい母がそうやって作ってくれていたことに、今更ながら感謝します。人間、どこかで一度はルーツに戻ってみるのも大事ですね」
YouTubeで紹介されている簡単で美味しい副菜レシピの原点も、コウさんが育ってきた経験のなかにあるのでしょう。
「料理研究家として皆さんに役立つレシピをひたすら提案していくのが僕の仕事。時には生産者の方々への取材をし、講演会のような仕事もいただいております。子どもから大人まで、ジェンダーを超えて、料理を楽しいと思ってもらえる環境を作ることが、僕の料理家としての役割なのかなと思っています」
家族のために。そして会ったことのない誰かのためにも。
自分が生きてきた全部を材料にして考える、簡単で美味しい料理。
コウケンテツさんの料理は、これからも一生懸命生活する人たちの拠り所となっていくことでしょう。
●公式YouTubeチャンネル
『Kou Kentetsu Kitchen』
https://www.youtube.com/@kohkentetsukitchen
●著書リンク
『本当はごはんを作るのが好きなのに、しんどくなった人たちへ』
『アジアの台所に立つとすべてがゆるされる気がした』
取材・文 森 綾
フレグラボ編集長。雑誌、新聞、webと媒体を問わず、またインタビュー歴2200人以上、コラム、エッセイ、小説とジャンルを問わずに書く。
近刊は短編小説集『白トリュフとウォッカのスパゲッティ』(スター出版)。小説には映画『音楽人』の原作となった『音楽人1988』など。
エッセイは『一流の女が私だけに教えてくれたこと』(マガジンハウス)など多数。
http://moriaya.jp
https://www.facebook.com/aya.mori1
撮影 萩庭桂太
1966年東京都生まれ。
広告、雑誌のカバーを中心にポートレートを得意とする。
写真集に浜崎あゆみの『URA AYU』(ワニブックス)、北乃きい『Free』(講談社)など。
公式ホームページ
https://keitahaginiwa.com