弛まぬ努力は報われていきました。その後、彼女はプロになるべく進路を決め、大学は東京藝術大学へ。
「1〜2年に課程が詰まっていて、それをクリアすれば3〜4年は自分の思うように時間配分できました。サボることもできるし、道を極めて頑張ろうと思えば頑張れる」
もちろん、髙木さんは頑張る道を選んだのです。
「私は19歳で初めて国際コンクールに出ました。ドイツのハノーファー国際コンクールでセミファイナリストまでしか行けなくて。ファイナリストの演奏を聴いて『私はこのままじゃダメだ。絶対に賞をとらないと』と決意しました。それで、3年生のときにハンガリーで開催された『バルトーク国際コンクール』で2位になって。そこからいろいろな活動ができるようになりました」
子どもの頃からたくさんのコンクールに出場し、そこで結果を出してきた彼女に、黒澤楽器店は名器・ストラディバリウスを貸与しています。
「1702年のLord Borwick(ロード・ボーヴィック)です。ストラディバリウスは作られた時期によって音色も楽器自体の大きさも違います。1700年代初期のこれは、作者がもっともあぶらの乗った時期につくられたもののようです。何かあったら大変。私が内臓を売っても追いつきません!(笑)」
ユーモアをまじえて語ってくれる髙木さんに、実際にその名器を見せていただきました。落ち着いた濃い木の色。優美なライン。背中にある木目の縞模様までが美しい。
少し音を出してもらいました。おおらかで、高音もまろやか。髙木さんの安定感のある演奏は、この楽器と一体になっているのでした。
演奏する前には、香水を一振りして、気合を入れるそう。
「サンローランのMON PARIS。それが舞台にいる私の香りです。身が引き締まるんです。一方で、もう一つ大好きな香りがあります。それはおばあちゃんの箪笥の香り。つんとしているわけではなくて、畳の香りも混じった、優しい香り。それを嗅いでいるときの私は、舞台にいる自分とは別人かもしれません」
今日、インタビューで見せてくれた弾けるような笑顔やどこまでも明るい語り口は、そのおばあちゃんの箪笥の前にいる髙木さんに近かったのかもしれません。
最後はキリッとした、舞台にいるような表情で、こう語ってくれました。
「コロナも収まってきたので、どんどん海外へ行って自分の限界を見てみたいです。お客様を楽しませると同時に、他の演奏家とは違う、究極の曲を、クラシックの伝道者である私を通して伝えていきたい。ヴァイオリンが凍ってしまうような場所でなければ、どこへでも行って、いろんな人に、直接、生演奏を届けたいです」
演奏する幸せに満ちた瞳は、まだまだ見知らぬ場所や、未知なる時間に向けられています。
髙木凜々子さんの掛ける音の虹は、ますます世界の人々の心を奪うことでしょう。
●髙木凜々子さんオフィシャルサイト
https://www.ririkotakagi.com
取材・文 森 綾
フレグラボ編集長。雑誌、新聞、webと媒体を問わず、またインタビュー歴2200人以上、コラム、エッセイ、小説とジャンルを問わずに書く。
近刊は短編小説集『白トリュフとウォッカのスパゲッティ』(スター出版)。小説には映画『音楽人』の原作となった『音楽人1988』など。
エッセイは『一流の女が私だけに教えてくれたこと』(マガジンハウス)など多数。
http://moriaya.jp
https://www.facebook.com/aya.mori1
撮影 萩庭桂太
1966年東京都生まれ。
広告、雑誌のカバーを中心にポートレートを得意とする。
写真集に浜崎あゆみの『URA AYU』(ワニブックス)、北乃きい『Free』(講談社)など。
公式ホームページ
https://keitahaginiwa.com