小津映画のなかにある、日本語の美しさ。それを静かにゆっくりと話すことのぬくもり。また所作、仕草。そういうものを、瀬戸さんは映画をじっくり見ることで再現しようとしています。
「私たちの年齢ですら、当時の女優さんの言葉や仕草を再現するのは難しいです。今の80代、90代の方が丁寧に話される日本語は本当に美しいですよね。がっかりされないように頑張ります」
『東京物語』では、戦争という出来事に翻弄され、価値観をねじ曲げられた、日本人の虚しさがそこはかとなく漂います。
「私が演じる紀子の夫は戦死してしまった。夫は次男だったわけで、もうその家との絆は薄くなってしまっている。ところがその紀子が一番、田舎から出てきた両親に優しく接する。彼女の中には愛していた夫の両親だという想いがあり、老いていく人たちへの情もあるのです。だけど、長男夫婦も、決してその両親を思っていないわけではない。みんな、同じ傷みを抱えながら懸命に生きているのです。そういう日本の家族が描かれています」
今の世の中に訴えかけるものもある、普遍的なストーリーです。この舞台から、2024年を始めるのも意味がありそうです。
2020年に上演されるはずだった『東京物語』がコロナ禍でできなくなり、瀬戸さんは自らの暮らしも一変したと言います。
「あの年、3月からすべての公演が中止になりました。チケットを全部払い戻すだけで1ヶ月以上かかりましたね。本当に何にもできない絶望状態でした」
それでもなんとか舞台の魅力を伝えていきたい。そう考えた瀬戸さんは、仲間を募ってトークライブのようなことを始めました。
「このままではいけないと思って。夏頃からは自主公演で、喜多村一郎と『カルチャー新派の魅力』をホテルやレストラン、地元のホールで上演しておりました。舞台写真をパネルに拡大して、新派三大悲劇や名台詞を演じてみたり」
そもそも、新派とは何かを知らない人も多い昨今。それはなかなか意味のあることだったのではないでしょうか。
「劇団新派が誕生して今年で135年です。明治21年・1888年に、角藤定憲(すどうさだのり)が板垣退助率いる自由党の壮士となり『壮士芝居』を大阪新町座で興行したのが始まり。その直後、川上音二郎が鉢巻・陣羽織・日の丸の軍扇で幕間にオッペケペー節を披露し、一世を風靡しました。これが日本最古のラップです! 妻の川上貞奴は、日本初の女優としてパリ万博でも演じ、国際的スターになりました。実は彼女はピカソにも描かれているのです。当初政治活動を女性や子どもにも理解させようとしたものだったようです。江戸時代からあった歌舞伎とはそこが違いますね」
この新派創始時代の話は、NHK大河ドラマ『春の波濤』になりました。貞を松坂慶子、川上音二郎を中村雅俊が演じています。
「貞奴が住んでいた洋館が名古屋にあり、たまたま巡業の休みの日に、訪れることができました。あとで知ったのですが、そこは私の師匠の2代目水谷八重子が新聞社の方と協力して保存に尽力したのだそうです」
歴史を紐解いても、なかなか掘りがいのある劇団。もっともっと今の世の中に合わせて革新されても良さそうな気がします。