真っ白な洞爺湖畔の雪景色。風の強い八丈島の海辺。そして自らの記憶に向き合った大阪の町外れ。… 第133回にも登場してくれた三島有紀子監督が、渾身の作品を撮りました。2月9日公開となる『一月の声に歓びを刻め』。性暴力によって心に深い傷を負った人たちのこれからを探す旅が、別々の3つの場所で展開されます。自身の心の傷と向き合った三島さんは、この作品でそれを昇華させ、まったく違う物語を完成させました。
圧倒的な映像の底に流れる生の強さが、胸に迫ります。
全てを覆うほどに降り積もった雪のなかで、撮影が行われている。その様子を初めて見たのは、2023年1月の三島有紀子監督のFacebookの投稿でした。
そこには自主的な撮影であることが記されていて、筆者はいったいなんの撮影だろうと想像を膨らませていました。
そして2024年1月。三島さんはその頃の大変な労力を忘れてしまったかのような晴れやかな笑顔で話してくれました。
「2022年に脚本や資金集めをして、撮り始めたのがその年の12月。まず哀川翔さんが主演の八丈島での物語を撮りました。そして2023年の1月に大阪と洞爺湖を。その後、1年近くかけて完成しました。撮っている間の監督というのは、ハンターの気持ちです。何を撮れていて、何を撮れていないのかを瞬時に判断して、全体の行程を見ながら撮っていくという作業だから。一番きつかったのは、編集。仕上げですね」
編集作業は撮ったものを一人で見つめ続けるということ。それが一番きつかったのは、この映画を撮ろうと決めたそもそものところにありました。
「この作品へと導いてくれたのが、前作の『IMPERIAL大阪堂島出入橋』でした。私自身の幼少期の性被害が浮き彫りにされてしまうから、今までなかなか生まれ育った大阪で撮影できなかったんです。プロデューサーと『IMPERIAL…』のロケハンをしているときに、その犯行現場に近いな、と思ったのですが、見に行くことはしなかった。ところがその場所が見えるはずのない喫茶店に入って、ふと窓の外を見ると、境にあるはずの建物がとり壊されていて、犯行現場だった駐車場があらわに見えてしまったんです。あ、と声を出してしまった。どうしたの、と聞くプロデューサーに、私は淡々とその47年前の記憶を話していました。そして、あれ、普通に話せてるやん、と、何だか笑えてしまったのです。そうか、ひょっとしたら、向き合う時が来たのかな、と思いました」
彼女は青山真治監督に言われた「自分の生まれ故郷で撮れば何か大切なものが見えてくる」と言う言葉も気になっていました。しかし、そこにはまだこれはとても難しい仕事だとわかっていました。「自分の生まれ故郷で撮る」ということに向き合うと、必然的に幼児期の性被害の体験にも向き合わざるを得なくなる。加害そのものをリアルに描くわけではないとしても、その傷を描くことが商業映画として望ましいか、と考えたのです。
「純度が高いまま完成させ、映画館で上映できるクオリティが成り立つものでなくてはならない。まだお金集まっていない、公開も決まっていない状態で、脚本を書いて役者さんに出演をお願いするところから始まりました。それでも出ると言ってくださったことに、本当に感謝しています」。