洞爺湖の厳寒の雪の中の物語は、80歳のカルーセル麻紀さんが主人公。彼女の鬼気迫る演技は画面に美しいインパクトをもって存在しています。
「寒さや雪の中を歩く疲労は大変だったと思いますが、カメラが回るときりりと演技をされて、本当に素晴らしかった」
「れいこ」という女性を演じた前田敦子さんには、ロケ現場で1時間かけてここでどんなことがあってどんなことを感じたかと、三島監督は歩きながら説明しました。
「その時は淡々と話していたつもりでしたが、内面ではこみあげるものがありました。気づいたら前田さんが私の手を握りながら歩いてくれていた。その二人の後ろ姿を見ていた坂東龍汰君が、この作品の大切なことが発見できた、と言ってくれました」
前田さんの演じる物語は三島監督の私小説ではありませんが、まるで彼女が乗り移ったかのような表情が印象に残ります。
「話すことに嘘がない。演じるという感じにならないように、肉体からこぼれ落ちるようなものを撮っていきたいと思っていたし、彼女もそう思ってくれていたようです。実際に撮影中2日の間、お子さんとすら連絡を取ることもせず、れいこ、として生きてくれました」
れいこの章はモノクロームで描かれています。だからこそ、観ている人たちはそこに少し視覚の情報量を減らし、そこにあるはずの匂いや音、手触りのようなものを想像できるのかもしれません。
三島監督自身も、編集作業中に、そこにあった音に驚いたそうです。
「撮っているときには気づかなかったのですが、編集作業で改めて聴くと、大阪のその場所の音は、47年前と同じだったんです。それはちょっと気分が悪くなるくらいでしたが。そういう驚きもありました。香りでいうと、れいこが元カレにもらったブレスレットを捨てて、レンタル彼氏のトトにもらったチョコレートを食べるシーンがあります。画面からそのチョコレートの香りが、ふわっとするような気がしました。捨てる、食べる、歌う。それが彼女にとって、これからを生きるという行為だったんです」
洞爺湖の章はおせち料理を食べる家族のシーンから始まり、八丈島の章は、帰ってきた娘と父が島ずしや明日葉を食べるシーンがあります。大阪の章のれいこだけが、人と何かを食べたりしない。だからこそ、最後に食べるチョコレートの甘い香りがそこだけふわっと香り立つのです。