漫画原作者というだけでなく、たくさんの肩書きをもつ久住昌之さん。大人気シリーズとなった『孤独のグルメ』テレビ版では、原作者であるとともに音楽も担当されています。また同番組のコーナー『ふらっとQusumi』では自ら店に赴くシーンも。飄々とした佇まいが魅力の久住さんに『孤独のグルメ』のルーツや創作背景、そしてこれからについてお話を伺いました。そこには久住さんがつくる世界の原点があるようです。
『孤独のグルメ』は、主人公の井之頭五郎が、たった一人、見知らぬ店に飛び込んで、お酒も飲まずに食事を満喫する様子が描かれます。
孤独であるがこその豊かな時間。原作者の久住昌之さんは、そういう時間を大学生時代に見つけたようです。
「大学に通い始めて、神保町にある美学校というところに週一、行っていたんです」
”美学校”とは、1969年に開設された、絵画、写真、音楽、演劇、ファッション、漫画などさまざまなジャンルのアートを教える学校のこと。久住さんはここで、赤瀬川原平さんに師事することとなりました。
「神保町って不思議な街だなあと思いました。古本屋がたくさんあって。昼は実技で、夜は講義でしたが、その間に1時間、食事休憩があるんです。高校卒業したばっかりの少年が、全然知らない街に放り出されるわけですよ。散々迷って、勇気を出して『さぶちゃん』っていうラーメン屋に入ったら、みんな一人客なんです。でも何となく楽しそうにラーメンを食べている。次の週は”いもや”へ行った。またみんな一人客でね。そのうちに、クラスの人とも仲良くなって、『スヰート包子(ポーズー)』が美味いと教えあったりして。それで行ってみたら、いきなり相席にさせられて、ドキドキしたりね。でもこういう世界があったのかなあって。今思えば、あれが『孤独のグルメ』の原点なんです。一人で黙って食べる楽しさを知ったというか」
そんな学生時代の過去にもはや『孤独のグルメ』の原点があったとは! そしてディテールにしっかり着眼する久住さんは店の背景や歴史にも面白さを見出していました。
「ラーメン屋のさぶちゃん、洋食屋のキッチングラン、定食屋の近江やが3軒並んでいた。さぶちゃんで食べてたら、近江やの主人がごはんを借りに来て、なんか笑っちゃった。それで、美学校を出てずいぶん経ってから、その3つの店は兄弟だとわかったんです。びっくりしたなあ!その後、だんだんじいさんになる3人の顔が似てきてね(笑)。ラーメン屋と食堂と洋食屋が隣り合ってて、しかも兄弟!そういうことが、何年もかかってわかってくる。そこに一人客であるボクの側にもドラマを感じました。そんな漫画が書きたいと思ったんです」
その3人も、どこかで何かの漫画に登場しているのでしょうか。久住さんは、漫画をやるとき、いろんなところへ行って、モデルを探すのだそうです。
「井之頭五郎のときは、個人事業主でいろんな街へ一人で行ってする仕事がないかなあと。 そうしたら知り合いが、横浜にいる個人輸入の会社を紹介してくれた。その社長は女性だったけれどね」
井之頭五郎という主人公を設定する上で、もう一つ、考えたことがありました。
「ヒーローには弱点があったほうがお話は面白いんです。井之頭五郎は、なんでもおいしくたくさん食べることができるけど、酒が呑めない。そこで話に深みが出る」。